私を見下す婚約者に、最高の当て馬をお披露目しましょう

私を見下す婚約者に、最高の当て馬をお披露目しましょう

猫又まる · 完結 · 28.3k 文字

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紹介

婚約者武田拓也の“汚い秘密”を知ったのは、偶然だった。
彼が「指導」という名目で、17歳の少女に毎月大金を支払っていること。
――彼は賢いつもりでいる。寛大な後援者を演じ、無垢な少女を手なずけるゲームを楽しんでいるのだ。

面白いじゃない。そのゲーム、二人でもできるわ。

私は完璧な“駒”を見つけ出した。
川端海斗。山育ちの奨学生で、緑の瞳とごつごつした手を持つ青年。
貧しく、誇り高く、そして――破滅的なまでに、美しい。
私の婚約者が、心の底から軽蔑するすべてを持った男の子。

計画は単純。
彼を乗馬パートナーに仕立て上げ、社交界で披露する。
あなたがしていることなんて、私の方がずっと上手くやれるのだと、証明するために。

けれど、予想外だった。
二人きりの乗馬レッスンが、こんなにも心を揺さぶるなんて。
私の温室を、まるで魔法でも見るかのように見つめる彼の横顔。
馬に触れる優しい手つきが、これが“復讐”だということを忘れさせていく。

――これはただのゲーム。そう、思っていたのに。

運命のパーティーで、武田拓也が本性を現した時、私は気づいてしまった。
もう、これはゲームなんかじゃない。
私の本当の気持ちも、この先の運命も、もう誰にも止められないのだと。

チャプター 1

 慈善基金の報告書には頭を悩まされていた。

 こめかみを揉みながら、パソコンの画面を睨みつける。目に飛び込んでくるのは数字の羅列だ。寄付金、助成金、奨学金の支払い。そのほとんどは筋が通っていた。藤井財団は何十年にもわたって地元の学生を支援してきたのだ。

 だが、ある一つの項目が私の目に留まった。

 個人支出 - 武田拓也 - 25万円

 うちの慈善基金の会計に、武田拓也の名前? 婚約者である彼は、普段なら自分の慈善活動と私の活動をきっちり分けている。互いの「自立したアイデンティティ」を保つため――というのが、彼の言い分だった。

 詳細をクリックして確認する。月々の支払い。それが六ヶ月も続いている。すべて、武田拓也自身が理事の権限を使って承認したものだった。

 荻尾伊。白石高校。

 聞いたことのない名前だった。

 車椅子を滑らせて書類棚へ向かう。これは昔からの癖だった。重要な書類は必ず紙で控えを取っておくようにしている。それだけは、母に教え込まれたことだ。

 ファイルは薄かった。ありふれた奨学金の申請書が一枚。だが、その表にクリップで留められた写真を見て、私は思わず手を止めた。

 金色の髪。青い瞳。十七歳。田舎特有の、瑞々しい可愛らしさがあった。

『本当に、デージーのような子だ』

 しかし、もう一枚写真があった。おそらく彼女が気づかないうちに撮られた、スナップ写真だ。少女は一人ではなかった。

 誰かと笑い合っている。相手は少年だ。背が高く、肩幅が広く、色褪せた作業シャツを着ている。顔は少し横を向いていたが、彼女に向ける屈託のない笑顔は見て取れた。彼女が彼の領域に心地よさそうに身を寄せているのも。

 親密。そして、気安い。

 私が誰とも築いたことのない種類の、繋がり。

 ックより先に、廊下を伝わってくる足音で葉山理人だとわかった。三十年も共に過ごせば、普通の人が家族について知る以上に、彼の生活の癖が体に染み付いてしまう。

「どうぞ」

 彼はいつものように、静かで無駄のない動きで入室した。白髪は完璧にとかされ、紺色のスーツには非の打ち所がない。彼の軍隊経験を知らなければ、どこにでもいる普通の執事と見間違えるだろう。だが私は、この藤井家を守るために必要とあらば、その手が何をしでかすかを知っていた。

「藤井様。ご依頼の四半期報告書です」

 私は写真を掲げた。

「この子のこと、教えてちょうだい」

 葉山理人は一歩近づき、眼鏡をかけ直して写真に目を落とした。表情こそ変わらなかったが、彼の目元が微かに引き締まるのを、私は見逃さなかった。

「ああ……」

「『ああ』?」

 私は片眉を上げた。

「それだけでは、情報とは言えないわね」

「武田拓也様は……最近、何人かの地元の学生に、関心をお持ちのようでございます」

「どういう種類の関心?」

 葉山理人はためらった。それはつまり、彼が私の気に入らない何かを知っているということだ。

「どうやら、教育的なご関心のようです。荻尾さんは白石町の出身で、父親は季節労働者、母親は缶詰工場勤め。通常であれば、当財団の標準的な奨学金の対象にはなりません」

 私は写真を指で叩いた。

「それで、この男の子は?」

「川端海斗。二十歳。C市大学の農学部。学費全額免除の特待生です」

 川端海斗。

 良い響きの名前だ。力強く、そして、ありふれていない。

「二人は親しいの?」

「私の理解では、幼馴染みとのことです。彼も同じ地域の出身で。山の家の子でして、幼い頃にご両親を亡くし、今は祖母と暮らしています」

 私はもう一度、注意深く写真を吟味した。少年の手が少女の肩に置かれている。守るように、優しく。少女は、まるで彼が空に星を掛けてくれたとでもいうように、彼を見上げていた。

 甘ったるい。

 そして、胸が悪い。

「葉山理人、あなたの見立てでは、武田拓也は荻尾さんに、一体どういう関心を持っているの?」

 再び、ためらいが訪れた。今度は、先ほどよりも長い。

「武田様は、彼女のことを……『新鮮』だとお感じになっているかと」

 その慎重な言い方で、私は知るべきことのすべてを悟った。

 武田拓也は、自分が賢く立ち回っているつもりなのだろう。純粋で無垢な何かを、自分の手で育てているとでも思っているのだ。自分の手で形作れる、慈善事業の対象。暇な時間に愛でることができる、可憐な小さな花。

 なんて陳腐な筋書き。

 だが再び写真に目を落とすと、私の意識はあの少年に引き寄せられ続けた。その肩の張り具合。明らかに古着とわかる服を着ていながらも、自信に満ちた立ち姿。そして、まるで目前の少女が世界で唯一の存在であるかのように見つめる、その眼差し。

 あんな風に見つめられるというのは、一体どんな気分なのだろう。

 思考を振り払う。そんなことを考えても意味がない。何年も前に、もう学んだはずだ。

 それでも。

「この川端海斗」

 私はゆっくりと口を開いた。

「彼のことを、もっと詳しく教えて」

 葉山理人はジャケットの内ポケットからタブレットを取り出した。当然、すでに調査済みというわけだ。葉山理人は、何事も調べ尽くす男なのだから。

「川端海斗。二十歳。毎学期、成績優秀者名簿に名を連ねています。生活費と、祖母の医療費を稼ぐため、三つのアルバイトを掛け持ち。祖母は末期の肺癌を患っております」

 彼はスワイプして、他の写真を見せてくれた。学生証。大学のキャンパスで撮られた写真。そして、植物の苗床のような場所で働いている、もう一枚の写真。

 あら。

 学校の写真では、彼の魅力は伝わってこなかった。

 触れれば柔らかそうな、ダークブラウンの髪。夏の湖水を思わせる、緑色の瞳。背が高く引き締まっているが、それはジム通いではなく、実際の労働によって培われた筋肉だった。

 そして、彼の顔には何かがあった。知性。決意。これまで手に入れてきたものすべてを、闘って勝ち取ってきた人間の顔。

 面白い。

「彼の専門分野は?」

「持続可能な農業を中心とした農学です。植物研究の講座も履修しております」

 面白い。

 私は写真を置き、車椅子の背にもたれた。武田拓也はゲームをしているつもりなのだ。美しいものを見出し、自分の好みに合わせて形作れるのは自分だけだと思っている。

 なんて大きな間違い。

「葉山さん、頼みたいことがあるの」

「もちろんでございます、藤井様」

 私は窓の外、馬小屋の方に目をやった。午後の陽光が木蓮の木々を斜めに貫き、敷地に長い影を落としている。美しい。平穏。そして、空っぽ。

 この家で、私はあまりに長く独りだった。使用人や訪問客、理事会のメンバーに囲まれてはいても、重要な意味では常に独りだった。

 そろそろ、それを変える時かもしれない。

「川端海斗の、完全な身上調査を。すべてよ。家族、経済状況、学業成績、職歴。それから、彼の授業スケジュールも知りたいわ」

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 私は彼の方に向き直った。そして、自分の浮かべた笑みが、かつて母が近所の人々を驚かせるような何かを企んでいた時に見せたものと同じだとわかっていた。

「武田拓也は、自分が何か特別なものを発見したのだと思っていた。それは一つのプロジェクトであり、まるで手塩にかけて育てる小さな花のような存在だった」

 私は再び川端海斗の写真を手に取った。その緑色の瞳が、まっすぐに私を見つめ返しているように思えた。

「でも私はね、いつだって本当の信頼、本当の繋がりを必要とするパートナーシップの方が好きなのよ」

 私はそっと写真を置いた。

「乗馬のパートナーが必要になるわ、葉山理人。私がきちんと訓練できる相手が」

 彼の目に、理解の色が浮かんだ。

「なるほど」

「わかったかしら?」

「武田拓也様に、断れない申し出をなさるのですね」

 完全には正しくないが、まあ近いだろう。

「彼に、本当のやり方というものを見せてあげるのよ」私は再び車椅子を窓に向けた。馬小屋が待っている。埋められるべき、空の馬小屋。適切な世話を必要とする、馬たち。そして、少しばかりの活気を必要としている、寂しい家。

「明日の朝、葉山理人。十時よ。彼を馬小屋に連れてきて、私に会わせてちょうだい」

 背後で葉山理人が眉をひそめる気配が、手に取るようにわかった。

「もし、彼が断ったら?」

 私は窓ガラスに映る自分の顔に笑いかけた。

「断らないわ」

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