紹介
今度こそ望むのは、娘の未来と、自分の仕事のために闘うことだけだ。
ところが離婚届の用意が整ったそのとき、いつも冷たく距離を置いていたチャールズが、突然、残ってくれと懇願してきた。
――
私はためらった……。
チャプター 1
ゴールデン・ホライズン・リゾート、宴会場。
クリスタルのシャンデリアが眩いほどにきらめき、贅沢なワルツが背景でかすかに流れていた。
チャールズ・アンダーソンは完璧に仕立てられた濃色のスーツをまとい、襟元をわずかに崩したまま、ぼんやりとカフリンクスを弄っていた。
端正な顔立ちは怒りに曇り、冷えた声が落ちる。
「パトリシアはどこだ?」
「……探しています」秘書役のポール・ウィルソンが落ち着かない様子で答えた。額から汗がつうっと伝い落ちている。
三十分ほど前、ポールは宴会場でパトリシア・ホワイトがエミリー・ホワイトと一緒にいるのを見た。食事をしながら、周囲に「エミリーを見ていて」と声をかけていたのだ。
だが、トイレから戻ってきたときには、パトリシアの姿がどこにもなかった。
ポールは秘書室の人間を総動員して捜させ、チャールズが堪忍袋の緒を切らす前にパトリシアが戻ってくるよう、胸の内で必死に祈っていた。
ポールは泣き出しそうだった。
アイリーン・ジャクソンがチャールズの腕に絡みつき、甘く柔らかな声を出す。「チャールズ、踊りましょう」
「待て」チャールズの声は氷のように冷たく、わずかな苛立ちがほとんど感じ取れないほど薄く混じっていた。「まだパトリシアが見つかっていない」
「まあ、具合が悪くて勝手に帰ったのかもしれないじゃない?」アイリーンは軽く笑う。「ポールたちが探してるんでしょ?」
アイリーンは、露骨にならないようにしながらも必死にパトリシアを捜している数人へ目をやり、口の端をつり上げた。
パトリシアを見つけるのは容易ではない。アイリーンはここのスタッフに金を握らせていたし、パトリシアを閉じ込めた部屋の鍵は自分が持っている。
パトリシアに抜け出せるはずがない。パーティーが終わったら、出してやればいい。
あんな素性の女が、チャールズの隣に立つ資格などない。
アイリーンはチャールズと共に育ってきた。
あの人が海外へ行ってしまってからも、ジャクソン家とアンダーソン家の長年の縁と協力関係を考えれば、チャールズの妻になるのは自分であるべきだった。
それなのに近頃、チャールズが身元の知れない女――パトリシアと婚姻届を出したという話が出回り、しかも三歳の子どもまで連れているというではないか。
アイリーンは腸が煮えくり返った。チャールズの妻に最もふさわしいのは自分だ。
チャールズは自分のもの――。
冷たい金属のバックルが背に食い込み、パトリシアははっと目を覚ました。
かすかな木の香りに湿り気が混じった空気。ここはゴールデン・ホライズン・リゾート三階でもっとも人目につかない部屋だった。
パトリシアの瞳に驚きが走る。煙にむせた息苦しさがまだ身体に残っているのに、辺りには煙ひとつ見当たらない。
ここにいるはずがない。なら、ここはどこ――?
スタジオでデザイン画を眺めていた記憶がぼんやりとある。昨夜、まだ十時にもなっていないのに急に眠気が襲ってきて、あくびが止まらなかった。
濃い煙が胸いっぱいに入り込んだ瞬間、咳き込みながら目が覚めた。火災報知器へ駆け寄り、必死で押した。だが、どれだけ力を込めても反応がない。
事務所のドアは誰かに施錠されていた。取り乱してチャールズに電話をかけ、ガラス扉の向こうを、人影が素早く横切るのが見えた。
はっきり確かめようと駆け寄ったが、床に落ちていた布地に足を取られた。炎が一気に包み込み、身動きが取れない。
煙で息ができず、視界が徐々に滲んでいく。
最期の瞬間、娘のエミリーを連れてこなかったことだけは救いだった。
それでも、受け入れられなかった。
エミリーの成長を見届けていない。チャールズとのことも決着がついていない。
この見覚えのある光景を前に、パトリシアは悟った。自分は生まれ変わったのだ。
チャールズと婚姻届を出した直後の、あの夜の宴――チャールズの妻として初めて姿を見せるはずだった夜へ。
前世では、ドレスを台無しにされ、控室に三時間も閉じ込められた。
通りがかったスタッフに助け出されたころには、宴はすでに半ばまで進んでいた。
引き裂かれたドレスのまま宴会場に出ざるを得ず、道化のように中央へ立たされ、嘲笑と品定めの視線を浴びた。
そしてそこには、夫のチャールズがいた。アイリーンの手をやさしく握り、ダンスフロアの中央でくるりと踊っている。
あの夜以来、彼女はルミナス・シティ中の笑いものになった。
いつも彼女の出自を見下してきたミッシー・ハリスは、さらに執拗に嘲り、「舞台に立つ資格なんてない」とまで言った。
ミッシーはその後もこの一件を持ち出し、エミリーを育てる能力がないのだと決めつけて、エミリーを連れ去り、自分の手で育ててしまった。
再びエミリーに会ったとき、彼女はすっかり物静かで、周囲の顔色をうかがう繊細な子になっていた。
前の人生では、理由はわからない。だがアンダーソン家に入ってからのパトリシアは、彼らに従順になり、嘲笑や侮辱を許してしまった。
パトリシアは深く息を吸った。生まれ変わったのなら、もう二度と同じことは繰り返さない。
今度こそエミリーを守る。成長の一瞬たりとも見逃さない。そして、エミリーに正当に属する遺産の取り分を取り戻す!
嘲り、見下してきた者たちには、きっちり報いを受けさせる。
それに、あの不可解な火事――明らかに誰かが彼女を死なせたかったのだ。今度は、裏で糸を引いた人間に必ず代償を払わせてやる。
目的を定めると、パトリシアは部屋の隅へ無造作に投げ捨てられたドレスに目をやった。ウエストから裾にかけて、二つに切り裂かれている。
視線を巡らせ、隅に積まれた廃布の山を見つけた瞬間、彼女の目がぱっと明るくなった。
パトリシアはメトロスタイル・ファッション・アカデミーでも優秀な学生だった。前の人生でチャールズと結婚してからも、デザインの夢を手放さなかった。
数年後には、ついに自分のファッションデザイン・スタジオまで開いたほどだ。
審美眼と手先の器用さを頼りに、彼女は捨て布を使って傷んだドレスを手早く補修した。
それから、テレビで見たやり方を真似て鍵穴をいじり、錠前をこじ開ける。古めかしい鍵はあっけなく外れた。
スカートを持ち上げ、パトリシアは急いで宴会場へ向かった。
前の人生の経験があっても、注目の的になることへの緊張は消えない。
だがエミリーのことを思うと胸がきゅっと締まり、彼女は扉をいつもより速く押し開けた。
宴会場に足を踏み入れると、パトリシアは焦るように辺りを見回した。
人波の向こうにエミリーの小さな姿が見え、喉の奥が詰まる。
エミリーはピンクの小さなドレスを着て、唇を尖らせていた。ふっくらした頬はいつも眉間にしわが寄り、不機嫌そうに見える。
その隣にミッシーが苛立った顔で立ち、何かぶつぶつと文句を言っていた。
パトリシアの胸が締めつけられ、彼女はすぐにエミリーへ歩み寄った。
そのとき、招待客の誰かが不意に言った。
「……あれがアンダーソン夫人?」
皆が振り向き、入口に立つ女へ視線を集中させる。
パトリシアが手直ししたベージュのドレスは、左右非対称のネックラインがしなやかな体の線を際立たせていた。
長い髪はゆるく落ち、頬にかかる数本の束が、肩の力の抜けた艶っぽさとほどよい色気を添える。
「誰だよ、綺麗じゃないなんて言ったの。映画女優みたいじゃないか」人混みの中から感嘆の声が上がった。
「確か、あのシャネルのドレス、元はこんな形じゃなかったはずよ。アンダーソン氏がデザイナーを雇って、奥さま用に仕立て直させたのかしら?」
「たぶんね。スタイルもすごくいい」
「アンダーソン氏、奥さんのこと相当愛してるんだな」
チャールズの視線がパトリシアのドレスに落ち、深い瞳にかすかな驚きが浮かんだ。
「ママ!」
ずっと眉をひそめていたエミリーが、パトリシアを見た途端にぱっと表情を明るくした。ミッシーの手を振りほどき、パトリシアのもとへ駆けてくる。
パトリシアは膝をつき、エミリーをきつく抱きしめた。懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込み、思わず小さな頬に口づける。
「ママ、どこ行ってたの? パパとわたし、ずっと探してたんだよ!」
エミリーは腕の中にすり寄り、甘えるように頬をこすりつけた。
パトリシアの胸が痛んだ。
まだこんなに幼いのに――彼女のエミリーは、まだ無垢で甘い小さな女の子のままだ。
こうしてもう一度、成長のそばにいられる機会をもらえたのだ。
顔を上げると、視線は人混みを越え、チャールズに突き刺さった。
目が合う。パトリシアの眼差しは冷え、遠い。対してチャールズは、驚きを含んだ値踏みするような表情で彼女を見ていた。
数日前に家に入ってきたばかりのこの妻は、これまで彼の前ではいつも気弱で臆病だった。それがどうして、突然こんなにも眩いほどになったのか。
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私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。
さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。
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「最後に残った君の正体は……俺の最愛の妻だ」













