紹介
今日、ようやく領収書に署名が入り、弟は私を見て言った。
「セレン、俺は最初から毒なんて盛られてない。両親だって死んでない。六年前のローグ襲撃――あれを段取りしたのは俺だ。あの夜、傷ついた狼はお前だけだった」
弟の背後に、私の伴侶が進み出る。「俺も群れでの地位を失ってなんかいない。ずっと屋敷にいた」
そして――七年前に私が埋めたはずの両親が、扉の向こうから入ってきた。
群れの医師は、私の残り時間は四十八時間だと言った。
彼らに、一つ残らず思い出させてやるつもりだった。
チャプター 1
群れの奴隷になって六年目。銀の鎖に繋がれて六年。そして今日、ついに終わった。アルドリックの群れの負債は全額完済。ケイルの狼殺しの解毒薬も、署名が入って引き渡し完了。
けれど、私が小瓶を差し出しても、ケイルはちらりと見ただけで、机の上に置き直した。
「俺、実際には毒なんて盛られてないんだ、セレン。両親も死んじゃいない。六年前のローグ襲撃――あれを仕組んだのは俺だ。あの夜に傷ついたのは、お前だけ」
そして私の伴侶、アルドリック・ヴァンスが、まるで自分の番だと言わんばかりにその後ろへ回り込んだ。
「俺も群れでの地位を失ってない。お前に『夜勤だ』って言ってたのは、あの地下の巣でお前と一緒に寝たくなかったからだ。屋敷に帰ってた」
「本当は、あと三年はやるつもりだった」彼は付け足す。「でも、お前の皮膚にまで銀の匂いが染みついた。ケイルも俺も、もうお前と同じ部屋にいるのも耐えられない」
私の手は、負債の領収書の上に置かれたままだった。動かし方を忘れてしまったみたいに。
ケイルが私の指の下から領収書をすっと抜き取り、机脇の屑籠に放り込んだ。
「それから、口座は空だ。鎖に繋がれて稼いだ札は全部、お前の名義で群れの金庫に戻しておいた。襲撃で死んだ狼たちへの賠償としてな。お前の死産の娘の霊への、和平の捧げものだと思え」
彼は、ほんの少しだけ笑った。
「銀の血の金は穢れてる。俺たちは誰も触りたくない」
冷たいものが皮膚の下に忍び込んできた。どうしてこんなことをするのか、理解できなかった。
そこへ両親が部屋に入ってきて、私の中の何かが、ついにぷつりと切れた。
二人は距離を取って立っていた。まるで感染する何かから身を引くみたいに。
「自業自得よ、セレン。あなたは私たちの血の娘という立場を盾にして、ヴェスパーを何度も苦しめた。私たちは、あなたに行儀を覚えさせたかっただけ」
「今ここで誓いなさい。二度とヴェスパーに危害を加えないと。そうすれば、まだ私たちの娘でいられる。誓えないのなら、この群れはあなたを永久に勘当する」
言葉が落ちた後の沈黙の中で、私はコートのポケットに折り畳んだ紙があるのを感じた。
群れの医師による診断書。日付は昨日。残り二十四時間から四十八時間。
今日ここへ来る前、私はそれで十分だと思っていた。アルドリックの負債を返す。ケイルの解毒薬を買う。あとは、なるようになる。
頬の内側を噛みしめ、血の味がするまで耐えた。
二十四時間、か。なら、二十四時間でやり切ってやる。
アルドリックは、私が何も言わないのを見て取ったのだろう。前に出て、頬を伝う涙を指先で拭った。
「わかったか、セレン? もしお前がヴェスパーと張り合うのをやめていれば。もしお前が彼女を何度も何度も傷つけるのをやめていれば。俺たち三人で、本当の家族になれたんだ」
私は彼の手を叩き払った。声が、擦り切れたように出る。
「家族なんて言う資格、あなたにはない。襲撃はヴェスパーが――私の娘は、あの子の手で――」
「俺たちの娘は死んでない」アルドリックの声は揺れなかった。「生まれたその夜に、俺がヴェスパーに渡した。だから、起きてもいないことをヴェスパーのせいにするのはやめろ」
喉が、ぎゅっと締めつけられた。しばらくして、私は無理やり言葉を押し出した。
「……あなた……今、何て言ったの?」
彼は、私が鈍いと言わんばかりの目で見てきた。
「娘は俺の後継ぎだ、セレン。母親の後ろで銀の鎖を引きずりながら育つのを、俺が許すと思ったのか? ヴェスパーは優しい。辛抱強い。子どもには、そういうものが必要なんだ」
私は息もできず、硬直した。
六年前、診療所で目を覚ましたとき、骨は七か所折れていて、腹の中は空っぽだった。アルドリックの目は赤く腫れていた。襲撃は私のせいだと言った――あの夜、巣を出ると言い張ったのは私で、ローグが私のあとをつけて戻ってきたのだと。だから娘は死産になり、両親は殺されたのだと。ケイルでさえ、その悲しみで慢性的な狼殺し中毒に落ちていったのだと。
診療所は、そのときですら私に選択肢をくれていた。更生を拒み、猶予を受け取り、姿を消す。長くても数か月。私は穏やかに終われたはずだった。
けれど、ベッドの上のケイルを見た。肌が灰色に変わっていく。夜通し泣き崩れて眠れないアルドリックを見た。私は、二人を置いていけなかった。
だから私は、残りかすみたいな身体を引きずって六年を生きた。
全部、冗談のために。
顎が震えた。目尻に涙が滲む。
「どうして……このまま信じさせてくれなかったの? どうして暗いまま死なせてくれなかったの……?」
「ヴェスパーが、もう一人欲しがってるからだ」ケイルは、それを「ヴェスパーがカーテンを閉めたがってる」程度の調子で言った。
「今度は息子。だが、あいつは昔から体が弱い。自分では宿せない。だから――お前が産む」
私は彼らを見つめた。初対面の他人を見るみたいに。正気を失った人間を見るみたいに。
「ヴェスパーは十分苦しんできたのよ」母が柔らかく言った。
「私たちは、あの子に望むものを与えたいだけ。あなたにも、ほかの子どもができるわ、セレン。後でね」
アルドリックが手を伸ばし、子犬を宥めるように私の髪を梳いた。まだ掟を覚えていない子を扱う、あの手つきで。
「それに、お前にとってもチャンスだ。両親に示せる。お前が本当にヴェスパーを受け入れているってな」
哀れなのはどっちだ。
小さいころの、あの暗い部屋を私は決して忘れない。ローグの女が火で熱した銀の針を、腕の内側に押し当てた。私が悲鳴を上げ、痙攣するまで。母を呼んで泣くたびに、あの女は笑った。――誰を呼んでるつもりだ、群れのちび助。今ごろ私の娘がお前の母親の愛情をもらってる。息を無駄にするな。
私はコートの袖をまくり、腕の内側を見せた。銀の火傷跡、古いものも新しいものも――ローグの女につけられたもの、その上に重なった足枷の擦過痕、そして今朝の採血でできたばかりの水ぶくれ。
「もう一回言ってみて。哀れなのは誰? あなたたち全員、私に誓ったでしょう。あのローグと、その私生児の娘に償わせるって。私は二度と追い出されないって――」
「セレン・アシュビー。嘘はやめろ」ケイルが私の腕を払った。
身体のどこにも踏ん張る力がなかった。よろけて、机の角に腰骨をぶつける。
「ヴェスパーの実母が、臨終の証言を残している。子どものころにお前に手を上げた者などいない。腕の痕は、お前が十代でローグの一味とつるんでいたせいだ。この家に持ち込んだ恥の証拠だ」
母の口元が歪んだ。
「生まれてから親の巣で育てられなかった子は、秘密ばかり抱えるものね。六年前に下した判断は正しかったみたい。嘘つきに子どもは育てられない」
私は彼らの目を受け止めた。喉の奥で、熱いものがせり上がってくる。
「じゃあ……ローグの娘なら。育てられるの?」
「もういい」ケイルの声が刃のようにその言葉へ落ちた。瞳が完全に闇へ沈んでいる。
「ヴェスパーにそれを、お前の口から聞かせる価値があると思ってるのか? お前にその権利があると?」
彼は私の手首を掴んだ。親指が手の付け根の銀の火傷跡へまっすぐ食い込み、強く押し込む。袖口の下に新しい血がじわりと滲んだ。
「六年だ」彼は低い声で言った。
「それでも、お前は何も学んでいない」
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私はまず、元の持ち主が昨夜味わった屈辱のツケをきっちりと払わせ、皮膚に残る毒素を洗い流した。
物理のテストでは満点をもぎ取り、超一流の弁護士を1分1秒の狂いもなく現場へ急行させて私の弁護に当たらせ、果ては市長自らに我が家の門を叩かせ、私の後ろ盾にならせた。
今世において、私に借りのある全ての奴らから、一筆一筆、その代償を血で購わせてやる。
隠された天才:裏の顔が多すぎて、気づけば世界のトップを震撼させていた件
育ての親の一家に家を追い出されたあの日、私は微笑みを浮かべながら、奴らが施しとしてよこした金をゴミ箱へと投げ捨てた。
誰も想像すらできないだろう。この私が、数々の名門貴族や権力者たちが大金を積んで列をなし、首を長くして診察を待つ伝説の名医——【暁】だなんて。
私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。
さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。
そして私の婚約者——すでに顔を合わせているにもかかわらず、その正体を知らなかったあの男こそ、この街の誰もが名前を聞くだけで震え上がる、ビジネス界の冷酷な死神:梅原晴琉だったのだ。
ある日、彼は私の手を執り、ゆっくりと距離を詰めると、耳元で低く囁いた。
「俺のこの鼓動、今なら感じられるか?」
私は至って真面目な顔で彼の胸に手を当て、大真面目にこう返した。
「心拍数は確かに少し高めですが、非常に健康的です。心配ありませんよ」
彼は一瞬呆気にとられ、それからふっと吹き出した。その瞬間の彼の笑顔に、私の心臓もなぜかドクンと跳ねた。それは、自分自身でも説明のつかない初めての衝動だった。
だが、彼が私の真実に一歩ずつ近づくにつれ……私の心は揺らぎ始めている。自分の最後の秘密を、あとどれくらい隠し通せるのだろうか。
外されるはずのなかった仮面——。だが、あの人が執拗にその霧を剥ぎ取ろうとするとき、私は一体どこへ向かえばいいのだろう?
二度目はない 動じず咲く
婚約者は身ごもった愛人を腕に抱き寄せたままそこに立ち、私を鼻で笑っていた。「俺がいなきゃ、お前なんて何の価値もない」
私はきびすを返し、この街で最も裕福な男の扉を叩いた。「ロック氏、政略結婚にご興味はおありですか? 千億ドル相当の株式――それに加え、未来のビジネス帝国も無料でお付けいたしますわ」
冷酷非道な大物との政略結婚を強いられ、私は開き直った
ヤクザの家に生まれた宿命を恐れるあまり、私は幼馴染の周防文哉のもとへ逃げるように嫁いだ。
けれど結婚から五年――私は家畜のように囚われ、夫とその愛人に蹂躙され続けた。息絶えようとするその瞬間、最後に目に映ったのは、私の目の前で絡み合う二人の姿だった。
【転生】
再び目を開けると、婚約が公の場で発表されたあの瞬間に戻っていた。
周防文哉が愛おしそうに私を見つめ、優しく囁く。
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次の瞬間――若きヤクザの組長が私の腕を掴み、力強く抱き寄せた。銃口は真っ直ぐ周防文哉に向けられている。
彼が、私の代わりに答えた。
「――断る」
不倫夫を捨てた夜、私は新しい彼に抱かれる
しかし結婚7年目、夫は秘書との不倫に溺れた。
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「どうせ俺から離れられないだろう」
そう高をくくっていた夫の顔に、受理された離婚届を叩きつける。
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その夜、鳴り止まない私のスマホに出たのは、新しい恋人の彼だった。
「知らないのか?」
受話器の向こうで、彼は低く笑った。
「良き元カレというのは、死人のように静かなものだよ?」
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「それは無理だね」
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「彼女はクタクタになって、さっき眠ってしまったから」
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そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
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しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。













