紹介
ふざけんな—偽彼氏連れて行って、全部ひっくり返してやる!
私の『策略系美少女』は超絶ドラマだ――計算づくの挑発、容赦ないオフィス戦争、そして大逆転ラブストーリー!
哀れまれキャラから恐怖されキャラへの華麗なる変身、見せてあげる!
チャプター 1
全ての歯車が狂い始めたのは、今から一年前。パリで複数学位の取得を目前に控えた、あの日のことだった。
私はパリのアパートで、スマートフォンの黒い画面を凝視していた。知りたくもない答えが、その奥に潜んでいるとでも言うように。
スーツケースに荷物を詰め込んでいる、まさにその時だった。メッセージが画面にポップアップしたのは。ブラインドの隙間から滑り込んだ午後の陽光が、床に光の四角形をいくつも描き出している。まるで切り取られた時間が、そこに静かに並べられているかのようだった。
「谷口柚希、ごめん。約束、破る。もう待てない。別れよう」
あまりに長くその言葉を見つめすぎていたのだろう。不意に画面が暗転し、私の顔が映り込んだ。驚きはしなかった。けれど、ショックだったと言うには、あまりにも予感がありすぎた。ここ数ヶ月の大塚健の変化には気づいていた。返信は遅れがちになり、電話は短く切り上げられ、ビデオ通話でさえ、その視線はどこか虚空を彷徨っていたから。
もう一度画面をタップして点灯させ、キーボードの上で数秒、指を滑らせる。谷口家の娘は、いかなる時も気品を失わないよう、幼い頃から教え込まれてきた。
「わかった。じゃあ、友達でいましょう」
送信ボタンを押す指先は、まるで分厚い扉を静かに閉ざすかのように、不思議と落ち着いていた。
「わかった」
彼の返信は、驚くほど速かった。まるで、その答えをあらかじめ用意していたかのように。
後日、彼が全てのソーシャルメディアから私を削除したことを知った。徹底的に。共通の友人が写っている集合写真の一枚に至るまで、綺麗に消し去られていた。
私も、彼を削除した。できた元カノっていうのは、まるで最初から存在しなかったかのように振る舞うべきものでしょう?
ニューヨークへ発つ前夜、私はパリのアパートから新井千晶とビデオ通話をしていた。彼女が警告を発したのは、その時だ。
「柚希、あなた本気なの?」
画面越しに、千晶の怒りがビリビリと伝わってくる。彼女はロンドンのオフィスにいるらしく、背景には『ハーパーズ バザー』の象徴である真っ白な内装が映っていた。「あの人たち、ただあなたが破滅するドラマが見たいだけなのよ!」
スキンケア用品をポーチに詰めながら、私は答えた。
「落ち着いて、千晶。ただの小さなファッション業界の集まりよ」
「小さな集まりですって?」彼女の声が一段と高くなる。「大塚健は、あの……あなたの猿真似インフルエンサーを連れてくるのよ! 久保拓也たちはわざとあなたに黙ってたの。あなたが恥をかくところが見たいに決まってるじゃない!」
私は、ぴたりと手を止めた。池田花子。地方の小さな町から、ニューヨークのファッションシーンの頂点まで駆け上がった女。二年前、健が彼女の写真を見せて、私に似ていると言った。今思えば、全てはあの時から始まっていたのかもしれない。
「彼らのせいで私が行かないとでも思う?」私はカメラに向かって、静かに微笑んでみせた。「谷口家の娘は、戦いから決して逃げたりしないわ」
千晶は為すすべなく首を振った。
「その日はロンドン・ファッションウィークに飛ばなきゃいけないの。じゃなかったら、絶対に一緒に行ったのに。約束して。もし少しでもまずいことになったら、すぐにその場を離れるって」
「約束するわ」
『それに、一人で行くわけじゃない』と、私は心の中で付け加えた。
二年前。私はパリのアパートで、机に広げたデザインスケッチと事業計画書を前に、期末の準備に追われていた。後に私を苛むことになる記憶が、初めて姿を現したのはその時だ。
大塚健のアイコンと共に、メッセージがポップアップした。
「柚希、この新人見てくれよ。君の生き写しみたいだ。こっそり帰国して、俺を驚かせに来たのかと思った」
写真の中の少女は、確かに私に似ていた。同じプラチナブロンドの髪、同じ薄いメイク、笑う時の口角の上げ方まで。でも、私には決定的な違いが分かった。彼女の瞳の奥には、私が決して持ったことのない飢えが宿っていた。まるで、血の匂いを嗅ぎつけた狼のような、獰猛な光が。
「私の生き別れの双子の姉妹だったりして?」
冗談めかしてそう返すと、健からすぐに詳細な情報が送られてきた。
「ありえない。彼女は地方の小さな町の出身で、両親は健在、義理の兄がいる。身元は調査済みだ」
「新人の身元調査なんてするの?」
「『ヴォーグ』は、仕事相手の素性は全て把握しておく必要があるんだ。彼女、今じゃ結構なファッションインフルエンサーだよ。SNSのフォロワーは五十万人だそうだ」
その時は、大して気に留めていなかった。今にして思えば、もっと早く警戒すべきだったのだ。
ニューヨークに戻った、十一月の夜。ホテルのエントランスに、私は立っていた。夜風が微かな冷気を孕んで肌を撫でる。私はエルメスのカシミアコートの襟をきつく引き寄せ、静かに深呼吸した。
「準備はできた?」
隣から、石川悠真の声がした。彼の言葉は、今夜に限ってことさら温かく響く。
そっと彼に視線を向ける。深いネイビーのスーツを着こなし、黒い巻き毛は完璧にセットされつつも、芸術家らしい無造作さを残している。袖口からは、石川家の紋章である小さなタトゥーが覗いていた。
思ったよりずっと、素敵な人ね。
こんな時に男性の外見を品定めしている自分に、内心で小さく苦笑した。
「ええ、行きましょう」
私は彼の腕に自分の腕を絡めた。
「このショーがどんな結末を迎えるのか、見届けてあげましょうか」
個室ダイニングの重厚な扉が開かれた瞬間、私だけが台本を知らない舞台に、足を踏み入れたような錯覚に陥った。
部屋に入った途端、私の視線は真正面、主賓席に座る大塚健に真っ直ぐに注がれた。一年以上ぶりに見る彼は、完璧だった。非の打ちどころなく仕立てられたアルマーニのスーツ、寸分の乱れもない髪、そして銀縁眼鏡の奥にある、かつて私が深く愛したあの瞳。
そして、彼の隣にいる女。
実物の池田花子は、写真で見るよりもさらに洗練されていた。ヴァレンティノの真紅のドレスをまとい、メイクは完璧。けれど、私は一目で見抜いていた。アイラインの引き方、口紅の色、髪のカールの角度まで、全てが過去の私のスタイルを寸分違わず模倣したものだということを。
奇妙な感覚だった。まるで、精巧にフォトショップで加工されたもう一人の自分を見ているようだった。
「皆さん、こんばんは。ずいぶんとお待ちかねだったみたいね」
自分の声が、予想以上に落ち着いていて冷ややかに響いたことに、少しだけ驚いた。
カルティエの腕時計をつけた男が立ち上がり、社交辞令を述べようとしたが、彼の視線はすぐに私の背後にいる悠真へと移り、凍りついた。部屋中の空気が一瞬で張り詰め、全ての視線が私たち二人に突き刺さる。
誰もが、面白いショーの始まりを待ち望んでいる。その期待に満ちた緊張感を、肌で感じ取った。
悠真と共に、ゆっくりと部屋の中央へ進む。この物語の主導権を握るチャンスは、今しかない。
「谷口さん、こちらは……?」
カルティエの男が、隠しきれない好奇心を滲ませた声で尋ねた。
私は優雅に半歩横にずれ、悠真の全身が皆の視界に入るようにする。彼が今夜の私の切り札。もっとも、このカードは借り物だけれど。
「石川悠真」
私は部屋中の視線を一身に浴びながら、はっきりと告げた。
「私の、ボーイフレンドよ」
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「それは無理だね」
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