兄の友人、それは私の密かな悪夢

兄の友人、それは私の密かな悪夢

渡り雨 · 完結 · 20.8k 文字

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紹介

3年前、兄は最も信頼する親友、ケイデンに私を託した。

「シャドウ・ウルフ」のパックに加わった3日目の夜、その「信頼に足る」アルファは私をベッドに組み敷いた。

それ以来、私は昼間は彼の従順な「妹」を演じ、夜になれば彼のために脚を開いた。3年にも及ぶ秘密の関係——もう、うんざりだった。

私が突きつけた最後通牒。「関係を公にするか、さもなければ別れるか」

ほんの数時間前、彼は私をマットレスに押さえつけ、激しく突き上げながら吐き捨てるように言ったのだ。「明日だ。明日、全員に話してやる」と。

なのに——彼の初恋の相手、クロエが帰ってきた。

彼は全てを放り出して彼女の元へ駆けつけた。私はその後を追った。彼が優しく彼女の涙を拭うのを見つめながら——ほんの数時間前、その同じ手が私の首を激しく絞め上げていたことを思い出していた。

「ケイデン、約束したじゃない……」

「黙れ」
彼は振り返り、殺気を帯びた声で言い放った。「クロエの前で二度と口を開くな。俺たちの間には何もない。俺はセスの頼みで、あいつの我儘(わがまま)な妹の面倒を見てやっているだけだ。わかったな?」

両手が小刻みに震えていた。3年。この3年間——すべては、ただの馬鹿げた笑い話だったのだ。

私はスマホを取り出し、兄にメッセージを送った。
『シルバー・ムーンのパックとの縁談、お受けします』

チャプター 1

リラの視点

「ほんと? リラ、本当に……決めたの?」

 電話の向こうの兄、セスの声が弾んでいる。信じられない、という驚きと、隠しきれない喜びが混じっていた。

 私は壁際に背を預け、遠く――人だかりの中心で行われている、クロエのための盛大な歓迎セレモニーを見つめた。口元がひきつり、苦い笑みになる。

「うん。できるだけ早く、手続き終わらせる」

「やった!」セスが大きく息を吐く。

「前からずっと、おまえをあんなクソみたいな場所から出したかったんだ。分かってるか? この三年、おまえが傷ついて泣くのを何度も見てきたのに、俺は相手がどこのどいつかすら知らないままで――」

 押さえ込んでいた怒りが、声に滲む。

「昨日もあのクズ、また約束すっぽかしたんだろ? 正式に会うって言ってたくせに、また失踪だ。おまえが止めなかったら、とっくに飛んでって引きずり出して殴ってた!」

 一拍置いて、さらに苛立ちが濃くなる。

「それにケイデンの野郎もだ。おまえのこと、面倒見てくれって俺が頼んだのに、目の前であんな目に遭わせておいて、クソ野郎を一発でも懲らしめようともしねぇ。会ったら絶対、きっちり言ってやる」

 私は目を閉じた。

 もしセスが、その「クズ男」が自分がいちばん信じている親友――ケイデンだと知ったら。どんな顔をするんだろう。

「……もういいよ、兄さん」私は遮った。声が掠れている。

「全部、終わったこと。私、ただ出ていきたいだけ」

 通話を切り、顔を上げる。数歩先の、豪奢で騒がしいパーティ会場へ。

 ケイデンはクロエの腰を抱き、長老たちに一人ずつ紹介して回っていた。暗影部落が総力を挙げて用意したに違いない。クリスタルのシャンデリア、シャンパンタワー、輸入物の赤ワイン――その贅沢の全部が、彼女の「帰還」を祝うため。

 三年前、クロエは「芸術の夢を追う」と言って暗影部落を出た。ケイデンを置いて、ひとりでヨーロッパへ。向こうで強大な部落のアルファと婚約した、なんて噂まで流れ、誰もが――もう戻らないと思っていた。

 あの頃のケイデンは、ほとんど狂っていた。

 彼女に関するものを片っ端から壊し、名前を口にすることすら禁じた。酒に溺れて、自分から堕ちていって、それどころか――

 そして今、クロエは戻ってきた。

 泣きながら、あのアルファに虐待された、無理やり引き離されたのだと訴え、この三年ずっとケイデンを想っていたのだと。

 ケイデンは信じた。全部。何も疑わずに。

 人の輪の真ん中で、ケイデンはクロエを抱いて祝福を受けている。あんなに眩しい笑顔――三年間一緒にいても、一度だって見たことがない。

 胸の奥で、私の狼が咆哮した。痛みが全身を裂くみたいに広がっていく。

 今朝から熱があった。昨夜、雨の中で彼を追いかけて半分ほど街を走ったのに、ケイデンは振り返りもせず車で空港へ向かった。それでも彼は言った。暗影部落の人間は全員出席だ、と。――私みたいな「居候の妹」も含めて。

 見せつけるためだ。私の目に焼きつかせるため。

 私は踵を返した。タトゥーショップの仕事がある。こんな場所に一秒だって長くいたくない。

「リラ」

 背後から、ケイデンの声。

 身体が固まる。昨夜、最悪の別れ方をして以来、初めて呼ばれた名前だった。

 振り向くと、ケイデンがクロエを連れて近づいてきた。

「厨房で、クロエにウェルダンのステーキ用意して」見下ろす視線が冷たい。

「胃が弱いから。火はしっかり通したやつしか食べられない」

 心臓が、ぎゅっと縮んだ。

 三年間、私はこっそり夜食を作ってきた。ステーキは火加減を神経質なくらい調整した。ケイデンはミディアムレアが好きで、赤ワインのソースを合わせると機嫌がよかった。食べ終わるたび、「おまえのだけは食える」と言って抱き寄せ、口づけをくれた。

 それなのに――彼女のために、私に作れと?

「ケイデン、ライラに頼まなくてもいいよ」クロエが甘えるように袖を引く。

「サラダでいいし」

「だめ。ちゃんと肉を食べて栄養つけないと」ケイデンは優しく彼女の髪を撫で、それから私へ向き直る。瞳の温度が、途端に落ちた。

「行け。どうせ暇だろ」

 どうせ暇だろ。

 呼べば来る、都合のいい使用人みたいに。

 爪が掌に食い込み、痛みが私を現実に繋ぎ止める。

「……分かった」

 厨房には私ひとりだった。

 調理台に寄りかかり、冷水を熱い頬に浴びせる。熱で手が震える。それでも無理やり動かして、ステーキを焼き上げた。

――これが最後。

 皿を持って厨房を出て、会場を見渡す。

 ホールには、いない。

 角を曲がった先の、休憩室の扉の前で足が止まった。

 扉は半開き。

 隙間から見えたのは、ケイデンがクロエを壁に押しつけ、むさぼるように口づけている姿だった。手がスカートの中へ潜り込み、荒く、焦れったいほど拙速で――彼女を自分の身体に溶かしてしまうみたいに。

 クロエが目を開き、ケイデンの肩越しに私を見た。

 笑った。勝ち誇った、毒のある笑み。

 そして腕を伸ばしてケイデンの首に絡め、キスをさらに深く、露骨にする。わざと艶を含んだ吐息を漏らし、甘い声で啼いた。その一つひとつが刃になって、私の心臓を刺す。

「ケイデン……」クロエが息を乱しながら囁く。

「ここじゃ……だめ……誰かに見られちゃう……」

「来ねぇよ」ケイデンが荒い息のまま言う。

「もういい。今すぐ欲しい」

 クロエの指が彼のベルトを外し、挑発するように声を弾ませた。

「じゃあ……この数年、あなたが遊んできた女たちと比べて……誰がいちばん気持ちよかった?」

 ケイデンの呼吸がさらに重くなる。

「女? 名前すら覚えてねぇ」

 クロエが一瞬だけ間を置き、意地悪く笑った。

「そうなの? でも、あなたのそばにはずっと『小さくて可愛い子』がいたって聞いたけど。あの子……ベッドの上、上手だった?」

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