紹介
けれど、冷酷な社長である怜央にとって、冬紀はいつでも自分のもとへ戻ってくる、都合のいい女にすぎなかった。
だから、冬紀は決めた。
もう二度と、彼を愛さないと。
自分に依存し、いつまでも愛を乞う彼女を望んでいた延舟。だが、冬紀が彼への執着を手放したとき、彼女はようやく本当の笑顔を取り戻していく。
その笑顔が自分以外の男に向けられていると気づいたときには、もう遅かった。
冬紀の結婚式当日。
幸せそうな笑顔を浮かべ、別の男のもとへ嫁ごうとする彼女の前に、怜央が現れた。
嫉妬と後悔に狂ったかつての権力者は、彼女の足元にひざまずき、震える手で靴を履かせながら、必死にすがりつく。
「頼む……あいつのところへ行かないでくれ。俺のもとへ戻ってきてくれ……! 最初に愛したのは、俺だっただろう?」
かつて、どれほど彼を愛しても振り向いてもらえなかった冬紀。
今度は彼が、どれほど願っても彼女に振り向いてもらえない番だった。
チャプター 1
手術を終え、手術室から運び出されるその瞬間まで、桐生冬紀は――「予期せぬ妊娠」と「予期せぬ流産」という急転直下から、まだ抜け出せずにいた。
看護師に病室へ押されながら、入院手続きの確認をされる。
「1703床、桐生冬紀さん。ご家族は?」
桐生冬紀は真っ白な天井を見つめたまま、焦点の合わない目で、声を聞き逃した。
「桐生冬紀さん、ご家族はどちらに?」
点滴ボトルを調整していた別の看護師が、慌てて振り向く。
「私が書きます。救急車で来たとき、身分証とカードを預かってます。『そのまま入院で、そのまま引き落として』って……ご家族は――」
桐生冬紀の唇がわずかに動き、看護師の言葉を継いだ。
「……いません。家族は」
消毒液の匂いが鼻腔に刺さる。彼女はゆっくり身体を丸めた。子どもを失ったという事実が、時間差で骨の奥まで染み込んでくる。息を吸い、吐いた瞬間、予告もなく涙が溢れた。
――もう、いない。
手術は身体に堪える。桐生冬紀は病院で、たったひとり三日間横になった。
四日目。ようやく御堂怜央から電話が入る。
「桐生秘書。何日も無断欠勤して、遊びは満喫したか? 満足したなら『西宮』に来い」
受話器の向こうは、酒を勧める声でざわついていた。ぼんやりと、幼い女の声も混じる。桐生冬紀は唇を動かし、病院にいると言いかけて――
「桐生秘書?」
御堂怜央が同じ呼び名を繰り返した。怒っている。
桐生冬紀は飲み込んだ。退院手続きすら間に合わないまま、慌ただしくタクシーを拾って会員制クラブの西宮へ向かった。化粧も車内で最低限だけ。
降車すると、口紅を塗りながら中へ入る。受付のスタッフに尋ねた。
「青雲の御堂社長は、どの個室?」
スタッフは顔を上げた瞬間、息を呑んだ。三秒固まってから、慌てて答える。
「001です。ご案内します」
桐生冬紀は小さく頷き、001の前へ。礼儀として二度ノックし、そのまま扉を押し開けた。
途端に、濃厚な酒の匂いがぶわっと襲い、胃がきりきりと反射的にえずく。
誰がいるのか目を凝らす前に、男の冷たく怠い声が落ちた。
「桐生秘書が来た。彼女に飲ませろ。社会に出たばかりの子を困らせるな」
客がどっと笑う。
「桐生秘書、ほんと従順だな。呼べば来る。ほら見ろよ、御堂社長は新しい子が可愛くて仕方ないんだ。俺らに潰されるのが嫌で、おまえを出してきた」
桐生冬紀は一周見回して状況を把握し、視線を御堂怜央の左隣へ落とした。
見知らぬ女の子。だが、向こうは桐生冬紀を知っているらしい。
「冬紀さん……ごめんなさい、私……」
言い終える前に、御堂怜央が遮った。
「謝る必要はない。彼女が無断欠勤しなければ、今日の席は本来、彼女が来るべきだった」
誰の耳にも分かる。庇い方が露骨だ。
――御堂怜央が、誰かを庇う?
桐生冬紀はその子を、もう一度だけ見た。
二十三くらい。ポニーテール。きちんとしたワンピース。欲望の匂いが漂うこの場所で、迷い込んだ白兎みたいに頼りなく、妙に庇護欲を煽る。
桐生冬紀は唇を軽く噛み、笑顔を貼りつけて歩み寄った。
「工藤社長、また飲んでるんですか」
青雲グループの専属秘書として、桐生冬紀は場を回すのが上手い。三言二言で空気をひっくり返し、結局赤ワインを数杯は飲んだものの、最初の「潰れるまで帰さない」勢いはかなり和らいだ。
ただし――御堂怜央は最初から最後まで、彼女を庇う言葉を一つも口にしなかった。
騒がしい笑い声の合間、桐生冬紀の耳が拾ったのは、男の磁力を帯びた低い声。女の子にだけ、ひどく優しい。
「眠い? あとで先に送ってやる」
そんな声を、桐生冬紀は三年付き従って、一度も聞いたことがなかった。
最新チャプター
#300 第300章 一線を越えないでくれ
最終更新: 10/28/2026#299 第299章 人を追っている
最終更新: 10/28/2026#298 第298章 悪い人ではない
最終更新: 10/28/2026#297 第297章 話が通る
最終更新: 10/28/2026#296 第296章 あの子供
最終更新: 10/28/2026#295 第295章 これからはいじめない
最終更新: 10/28/2026#294 第294章 黒崎悠真の告白
最終更新: 10/28/2026#293 第293章 本当に線を引いた
最終更新: 10/28/2026#292 第292章 ほかに誰が見たのか
最終更新: 10/28/2026#291 第291章 要求は高くない
最終更新: 10/28/2026
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父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
父は無実のまま出所し、母は健康を取り戻し、廃人同然だった長兄は再び己の足で歩き出し、残る五人の兄たちもまた紅蓮の導きによって各々の才覚を花開かせ、やがて各界を牽引する大物へと成り上がっていく。
しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。
追放された私が真の継承者だった件。今さら戻れと言われても、もう手遅れです
けれど、私の本質を隠し通すことは誰にもできない。
隠された私の正体は、この国で最も裕福な一族の継承者。
かつての家族が私を見失っている間に、私は全ての支配者となり、この街の頂点に君臨する男の視線を独占する。
彼が私に捧げる愛は、ただの寵愛ではない――世界を敵に回してでも守り抜く、狂おしいまでの執着だ。
人生を謳歌する
知る前の夜
二日後、インターン先に足を踏み入れると、彼が社長のデスクの向こうに座っていた。
あの夜、私を喘がせた男にコーヒーを運ぶ日々。なのに彼は、まるで一線を越えたのが私のほうだと言わんばかりの顔をする。
***
始まりは賭けだった。終わりは、彼女が決して望んではならないただ一人の男だった。
ジューン・アレクサンダーは、見ず知らずの男と寝るつもりなどなかった。だが、夢にまで見たインターンを勝ち取り、その夜を祝っていた彼女は、勢い任せの無茶な賭けに背中を押され、謎めいた男の腕の中へと導かれる。熱を帯びた気配を纏い、寡黙で、そして忘れられない男。
もう二度と会うことはない――そう思っていた。
ところが初出勤の日、オフィスに入った瞬間――
彼が新しい上司だと知る。
最高経営責任者、その人だったのだ。
たった一夜、無謀に身体を重ねた男の下で働かなければならない。ヘルメス・グランデは権力者で、冷たく、そして絶対に手を出してはいけない存在。けれど二人の間に張りつめた緊張は、どうしても消えてくれない。
距離が縮まるほど、彼女の心と、二人の秘密を守り抜くことは難しくなっていく。
長年の結婚生活を終わらせたら、夫と息子が泣きついてきた
あの女のために、何度も私を置き去りにした二人。そして今回の件で、私はようやく完全に目が覚めた。
彼らは、私の愛を受け取るに値しない。
だから私は、正式に離婚協議書を差し出した。
すると、あろうことかこの二人は、声を揃えてこう言ったのだ。
――本当に深く愛していたのは、私の方だった、と。
ふん、今さら一体、何の真似のつもりかしら。
地獄から帰った私を、頂点の男が甘やかすなんて聞いてない
十八年間、空気のように扱われ、誘拐事件の際にも迷わず切り捨てられた私。
「強さ」という名の言い訳で死の淵に追いやられた私は、地獄の果てで生き延びた。
そして今、全国民が見守る超人気リアリティショーの舞台に、私は「かつての復讐者」として舞い戻る。
家族が偽りの善人面を振りまく中、彼らの仮面を一枚ずつ剥ぎ取っていく最高のショウタイム。
そんな私を面白がり、盤面をひっくり返す男がいた。冷徹なるF1チャンピオン。彼だけは、私の冷酷な正義を肯定し、その権力で私を囲い込む。
さあ、復讐劇の始まりよ。私を「可哀想な犠牲者」だと思っていた報い、その身に刻ませてあげる。
セカンドチャンス 億万長者のパパ
それから何年も経ち、私は息をのむほどの映画スターへと変貌を遂げた。そして再び、あの裕福な青年と道が交わった。だが――胸が沈んだ。彼は私だと、気づきもしなかった……。
社長秘書のヒミツ恋情
借金を返すため、彼と交わしたのは一通の契約書。
「体だけの関係。恋愛感情は一切なし」——そう決めたはずだったが…













