消えた妻へのカウントダウン

消えた妻へのカウントダウン

南宮 · 連載中 · 479.0k 文字

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紹介

結婚して3年、彼女は誰もが羨む完璧な妻だった。しかし、彼がその瞳に彼女を映すことは一度もなかった。

彼の心にあるのは、初恋の「高嶺の花」だけ。公然と二人で出歩き、あろうことか彼女の目の前で、その女の首元に超高額なネックレスを飾ってみせた。

どんなに尽くしても、自分に向かない心を温めることなどできない――彼女はついに、思い知った。

離婚届にサインし、彼女は自分の人生に向けて「30日のカウントダウン」をスタートさせる。

家の中がもぬけの殻になり、着信拒否され、あらゆる連絡手段を失って初めて、彼は狂ったように街中を捜し回り始めた。

だが、遅すぎる。もう二度と、彼女が振り返ることはない。

――

彼は、彼女が永遠に自分のそばにいると信じ込んでいた。
彼女は彼に思い知らせる。失ったら最後、二度と戻らない幸せがあるのだと。

チャプター 1

夫が初恋の相手とホテルに入るところを撮られた、その日。国分凛はちょうど、フランス赴任の申請書を提出し終えたばかりだった。

あのとき彼女は、国分家の大奥様と国分礼二に「三年間だけ夫婦でいる」と約束した。

そして今――残りは、三か月を切っている。

三か月後、彼女は国分礼二の世界から、きれいさっぱり消える。

誰にも言っていない。もちろん、気にする人もいない。

国分礼二にとって彼女は、あってもなくても同じ置物。

結婚して三年、触れられたことは一度もない。言葉を交わした回数だって指で数えられるほどで、二人は夫婦というより他人だった。

そこへ初恋の女が帰国した。国分礼二の心はすっかり、高嶺の花に奪われている。

なら、なおさら自分が居座る理由はない。

そんなとき、姑の国分理恵から電話が入った。

「凛、礼二と心美がホテルに行った件、あんたが処理して。大ごとにしないで」

国分凛は眉を寄せた。疲れが骨に染みる。

名取心美――国分礼二の初恋。

名取家と国分家は付き合いが深く、名取剛志が亡くなったあと、国分家はそのまま彼女を引き取って育てた。

三年前、国分家の大奥様が二人の間に情が芽生えていると知った途端、激怒し、名取心美を無理やり海外へ追い出した。

国分礼二はそれ以来、長くふさぎ込んだ――。

それを国分凛が知ったのは、結婚してからのことだ。

「……分かった、お母様」国分凛は小さく返す。

「凛ね、傷つかないで。礼二とも揉めないのよ」国分理恵は電話越しに慰めたつもりで言う。「男っていうのは、昔の情が少しは残るものなの。あなたは国分家の奥様なんだから、器を大きくね」

国分凛は口では何も言わなかった。けれど胸は、えぐり取られたみたいにぽっかり空いていく。

傷つくに決まっている。彼女は本当に国分礼二が好きで、嫁いだのだから。

揉めるかって? ――しない。

国分家の大奥様には恩がある。最期に「妻として三年、礼二を支えて」と頼まれ、国分凛は約束した。

この三年、必死に夫の機嫌を取って、国分家の若奥様として申し分なくあろうとした。けれど、国分礼二の冷え切った心は一度も温まらなかった。

もう疲れた。もう、愛せない。

電話を切ると、国分凛は着替え、車の鍵を掴んでホテルへ向かった。

最上階のスイート前。しばらく逡巡してから、彼女はインターホンを押す。

ほどなくドアが開いた――だが出てきたのは国分礼二ではない。

白いバスローブ。濡れたままの黒髪を肩に落とした名取心美が、ぱっと花が咲くように笑った。

「凛おねえちゃん、来てくれたんだ!」

国分凛は彼女越しに室内を見回し、冷たい声で問う。

「国分礼二は?」

「礼二なら、今お風呂」名取心美は身を引き、招き入れた。

その瞬間、浴室のドアが開く。

名取心美と同じデザインのバスローブを羽織った国分礼二が、タオルで髪を拭きながら出てきた。端正な眉目に気怠げな色が差していたが、国分凛を見た途端、露骨に不機嫌になる。

「……なんで来た」

国分凛が答える前に、名取心美が慌てて割って入った。

「凛おねえちゃん、誤解しないで。さっき空港で、フルーツジュースこぼしちゃって……だからホテルで着替えただけなの」

国分礼二は鼻で笑い、国分凛を嘲るように見た。

「尾行が趣味か?」

国分凛の顔色がすっと抜け、胸が詰まって痛む。

姑に言われて来た――そう説明すればいいのに、言葉が喉で止まった。

彼の中で、彼女が何をしても「間違い」で「下心」なのだ。

国分凛は込み上げる悔しさを押し込み、静かに告げた。

「お母様に、迎えに行けって言われたの。あなたと名取さんが部屋を取ってる写真、もう記者に撮られてる。国分グループの株価にも――」

最後まで言わせてもらえなかった。

国分礼二が氷の声で遮る。

「国分凛。お前が気にしてるのは、いつだって国分家の金だけだ。昔からそうだろ。金目当てで、俺の祖母を焚きつけて、無理やり結婚させたんじゃないのか?」

一語一語が刃になって、国分凛の胸を抉った。

確かに、国分千晴は彼に結婚を強いた。

けれど彼は知らない。国分凛が、嫁ぐ前から七年も彼に片想いしていたことを。

結婚できた瞬間、彼女は愚かにも「人生で一番幸せだ」と信じた。

――それが、底なしの奈落の始まりだなんて。

「礼二、そんな言い方……」名取心美が彼の腕をそっと引き、柔らかく諭す。「凛おねえちゃんも心配してるだけだよ。帰ろ? お母さんも不安になるし」

国分礼二の顔がわずかに緩む。彼は国分凛を冷たく一瞥し、寝室へ戻った。

「着替える。待ってろ」

ドアが閉まると、リビングには女が二人だけ残った。

名取心美の純真な笑みは一瞬で剥がれ落ち、薄い嘲笑に変わる。

「見た? 礼二が愛してるのは、ずっと私。あなたが国分家若奥様の席に三年居座っても、心は手に入らない」

国分凛は冷めた目で返した。

「そう。残念だけど、今は私が本当の妻。あなたがどれだけ愛されてても、浮気相手に変わりない」

名取心美の顔が歪む。言い返せず、唇を噛んだ。

そのとき、寝室のドアノブがわずかに動いた。

名取心美の瞳に、毒のような光が走る。

次の瞬間、彼女はふらりと身体を傾け、横のテーブルへ倒れ込むように崩れた。

「きゃあっ!」

国分凛は反射的に支えようと手を伸ばし――指先がテーブルの角に強くぶつかった。

ちょうど着替え終えた国分礼二が出てきて、その光景を見た。

彼は大股で駆け寄り、床に倒れた名取心美を抱き起こす。

「心美、どうした!」

名取心美は顔を真っ青にして涙を滲ませ、右手首を押さえながら国分凛をちらりと見た。怯えたように俯き、嗚咽混じりに言う。

「ち……違うの。凛おねえちゃんのせいじゃない。私が、勝手にふらついて……」

吐き気がするほどの芝居だ。

それでも信じるのは、国分礼二だけ。

国分礼二は国分凛へ振り向き、怒りで眼を吊り上げた。

「凛! お前、頭おかしいのか? 心美は画家だぞ! 手を怪我したらどうする。絵が描けなくなるだろ!」

国分凛の心は、もう灰みたいに冷えていた。

反論する気力すらなく、ただ黙って見つめ返す。

国分礼二が名取心美の手をそっと包み、焦りと心痛を滲ませる。

その優しさを、国分凛は三年間ただの一度も与えられたことがない。

彼は「絵筆を握る手」だけを気にする。

国分凛が彼のために、デザイナーになる夢を捨てたことなど、欠片も気にしないくせに。

「大丈夫だ。今すぐ病院へ行こう」国分礼二の声は甘いほどに柔らかい。

彼は名取心美を抱き上げ、足早に出ていった。

最後まで、国分凛を一度も振り返らずに。

国分凛はその場に立ち尽くし、さっきぶつけた手を見下ろす。うっすら青く腫れていた。

誰も気づかない。国分礼二は、気づきもしない。

――もういい。どうせあと三か月で出ていく。

国分凛は赤くなった目を持ち上げ、天井を見上げて無理やり自分を慰めた。

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