紹介
構図は美しく、ただ白皙の鎖骨と、そこにぽつんとある暗赤色の小さなほくろが写っているだけ。
もし撮影時刻が十分前でなかったら、もし恋人から「今夜は徹夜で絵を描く」というメッセージが届いたばかりでなかったら、私もこの写真の芸術性を純粋に評価できたかもしれない。
残念ながら、このほくろには見覚えがある。それは私たちの画廊の最大スポンサーのお嬢様、高村莉央(たかむら りお)のものだ。
現場に乗り込むことも、ヒステリックに騒ぎ立てることもなかった。
私はただ、手元のアイスアメリカーノを一口飲んで、胃のむかつきを無理やり抑え込んだ。
五年前、地下道で絵を売っていた彼を「天才画家」に仕立て上げることができた私だ。
五年後、彼を雲の上から突き落とし、莫大な負債を抱えさせることだってできる。
何しろキュレーターである私が最も得意なのは――展示を企画し、そして、撤去することなのだから。
チャプター 1
タブレットが光ったとき、私は成瀬の個展に向けた最終プロモーション案を修正している最中だった。
iCloud経由で同期されたその写真には、顔は映っていない。
あるのは美しい鎖骨と、特徴的なほくろだけ。構図は曖昧で官能的、光と影の使い方は成瀬が最も得意とするスタイルだ。
そのほくろの位置があまりに特徴的でなければ、新しいデッサンモデルだろうと思ったかもしれない。
だが、私はつい最近、このほくろの持ち主に会っていた。
高村莉央。画廊の最大スポンサーである高村会長の令嬢だ。パリから帰国したばかりで、「キュレーションを学びたい」と言っていたお嬢様。
「ピン」という通知音と共に、LINEに成瀬からのメッセージが届く。
『冴、今夜はアトリエでインスピレーションが爆発してるんだ。メインの絵を仕上げるために徹夜するから、帰らないよ。戸締まり頼むね。愛してる、蓮』
続いて、投げキッスをするスタンプが送られてきた。
私はタブレットに表示された「十分前」という撮影時刻と、この白々しいメッセージを見比べる。
荒唐無稽なユーモアを感じて、乾いた笑いが込み上げてきた。
確かに彼のインスピレーションは爆発したのだろう。ただしキャンバスの上ではなく、他人のベッドの上で。
私はすぐには問い詰めず、ただ冷静に二文字だけ返信した。
『了解』
アート業界は元々混沌としている。画家の名声がどこまで続くかは、すべてキュレーターのパッケージング次第だ。この名利の場でもがき続けてきた私は、裏切りを知ったこの瞬間でさえ、感情より理性を優先させることに慣れきっていた。
タブレットを置き、氷の溶けかけたアメリカーノを喉に流し込む。
苦味が口の中に広がり、不快な吐き気を抑え込んでくれた。
五年前、成瀬は新宿の地下通路で絵を売るただの貧乏学生だった。私はその才能に目をつけ、人脈と貯金を注ぎ込み、一歩ずつ彼を今の「新鋭天才画家」へと押し上げた。
私たちは二人で一つの芸術作品――つまり「彼自身の人生」を彫刻しているのだと思っていた。
まさかその芸術作品に足が生えて、他人のコレクションケースに自ら飛び込むとは。
私は立ち上がり、バルコニーへ出て東京の煌びやかなネオンを見下ろした。
成瀬、あなたが演じたいというのなら、この最後の舞台まで付き合ってあげる。
キュレーターの仕事は、完璧な「設営」と、そして跡形もない「撤収」なのだから。
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