彼は養妹のために私を捨てた──今、彼を滅ぼすのは私だ

彼は養妹のために私を捨てた──今、彼を滅ぼすのは私だ

渡り雨 · 完結 · 27.0k 文字

252
トレンド
569
閲覧数
6
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

この三年間、夫の達彦は私の身体に、飽くことのない渇きみたいな熱を持っていた。

それなのに今は、触れようともしない。

私は自分に言い聞かせた。北野家の信託がもうすぐ期限を迎えるせいで、彼は精も根も尽きているのだ、と。

けれど――あの日から、すべてが崩れた。

チャプター 1

「カチャッ」

 寝室のドアが鳴った。達彦が帰ってきたのだと、すぐにわかった。

 胸が弾み、私は布団へ潜り込む。寝間着の紐をほどき、肌をすべらせた。

 マットレスがふっと沈む気配。いつもの合図だ。私は毛布の中からするりと抜け出し、男の胸へ身体を絡め取る。

「ゲームの時間だよ!」

 勢いよく顔を寄せ、唇に噛みつく。舌先でこじ開け、ぬるりと絡み合い、互いの熱と唾液を混ぜた。

「はぁ……達彦……」

 息を弾ませ、私は彼の上に覆いかぶさる。指先が慣れた軌道で下へ滑っていく、その瞬間――

「おい、ハニー。ナースの注射ごっこはやめろって」

 達彦はどこか困ったように私の腰を抱き、額に軽く口づけた。

 三年間。達彦の父が遺した信託を解除し、40億の遺産を手にするには――北野の血を引く跡継ぎが、どうしても必要だった。

 私たちは毎日、愛という名のゲームに溺れた。窓辺も、ソファも、リビングも、庭でさえ。そこにはいつだって、私たちの痕が残っている。

「愛してる、達彦~」

 私は手のひらで彼の下半身を握り、太腿の内側へ押しつける。

「もういい、優香。疲れた」

 達彦は乱暴に私を引き剥がし、寝返りを打って背を向けた。冷たい背中だけが、そこに残る。

 おやすみのひと言すらない。静かな寝室に響くのは、彼の整った呼吸だけ。

 ――五日目。

 この三年間、達彦は私の身体に、飽くことのない渇きみたいな熱を持っていた。

 それなのに今は、触れようともしない。

 私は自分に言い聞かせた。北野家の信託がもうすぐ期限を迎えるせいで、彼は精も根も尽きているのだ、と。

 けれど――あの日から、すべてが崩れた。

 私は滋養たっぷりの濃いスープを保温容器に入れて提げ、達彦のオフィスの前に立っていた。指先がドアへ触れようとした、そのとき。

 隙間から、艶を含んだ、耳障りなほど甘い声が漏れてくる。

「ぁ……ダーリン、もっと強く……!」

「ぁぁ……」

 小さな擦れる音に混じって、女の声が蜜みたいに絡みつく。

「玲美、もう五日も続けてるだろ。まだ俺の実力が分からないのか?」

 達彦の声。からかうようで、私の知らない気怠さがあった。

「だってぇ……達彦……五日も……身体もたないよぉ……。あなたのこと、心配なんだもん……」

 甘ったるい声に、甲高い叫びが混じる。

「はは。平気だよ、ベイビー。優香が家で濃いスープを煮て待ってる」

 手が、空中で固まった。

 玲美。達彦の養妹。

 私の前ではおとなしく利口ぶって、いつも「お姉ちゃん」なんて甘えてくる、あの子。

「この前……薬を盛られて……そのときにあなたに会ったの、絶対、神様の導きだよ……」

 玲美の息がさらに荒くなる。

「いまは……あなたのために跡継ぎを産んで、負担を減らしたいの……」

 私は唇を噛みしめ、耳をドアへ押し当てた。中の音を、ひとつ残らず拾うために。

「――ッ!」

「バンッ!」

 蹴り開けたドアが壁に当たって鳴る。手にした保温容器を床へ叩きつけた。

 どろりとしたスープが散り、濃厚な香りが広がる――けれど、部屋に漂う獣じみた匂いは隠せない。

 玲美は乱れた服のまま、達彦の肩にしなだれ、脚を大きく開いていた。頬は上気し、まだ足りないとでも言うような艶。

「あっ……神様……!」

 悲鳴を上げ、怯えたふりで私の男の胸に隠れる。だが、その目の奥には、見落としようのない挑発が潜んでいた。

 そして私の夫、北野達彦は。

 机の紙箱からティッシュを引き抜き、下半身に残る液を雑に拭っただけ。目を泳がせながらも――罪悪感は欠片ほどもない。

「……何してるの?」

 震える声が自分の耳に届く。音程が外れたみたいに、頼りない。

 玲美はソファの隅へ縮こまり、両手で口元を覆って肩を震わせた。

「優香、ごめんなさい……わたし、ただ……あなたのために、達彦のために……」

「黙りなさい!」

 私は駆け寄り、彼女の鼻先を指差した。

「優香!」

 達彦が遮るように声を上げ、私の前へ出る。肩を強く掴み、無理やり視線を合わせてきた。青い瞳が、逃げ場を奪う。

「落ち着け。説明する。お前が思ってるのとは違う」

 真剣そうな顔。私は揺らぎながらも、その先を待ってしまう。

「お前は俺の最愛だ。三年間、俺たちがどれだけ愛し合ってきたかが証明してる」

 ――でも。

 声に抑えた苛立ちが混じる。

「三年だぞ、優香。腹が、まったく動かない」

「お前を傷つけたくなくて黙ってた。でも見られたなら話す」

 達彦は机の引き出しから一枚の報告書を引きずり出し、私の手へ押し込んだ。

 震える指で視線を落とす。患者名――優香。

 診断結果――妊娠不能。

 私は顔を上げ、泣き声みたいに叫んだ。

「嘘……! 私、今日だって医者の予約を――」

「もういい!」

 達彦は両手で私の頬を挟み、強く言い切った。

「信託の期限まであと一年だ。北野の血を引く後継者がいなければ、俺たちは全部失う。路上生活だ。分かるか?」

「優香、俺はお前を愛してる。そんな生活をさせたくない」

 そう言って、私の唇を乱暴に塞ぐ。舌を押し込む――かつて私が好きだったやり方で、私を黙らせようとして。

 でも。

 彼の身体には、玲美の香水がべったり残っていた。胃の奥がひくりと痙攣する。

 私は彼の口角を噛み切り、突き飛ばした。涙が頬を滑る。

「だから……私が煮たスープを飲んで、養妹と『種付け』するの?」

「優香、そんな言い方しないでよ」

 玲美が裸足で寄ってきて、達彦の腕に甘えるように絡みつく。

「達彦は毎晩、わたしの部屋にいても……いちばん親密なことをしてても、口にしてるのはあなたの名前なの。お兄ちゃんの苦しさ、少しは分かってあげて?」

 二人が当たり前みたいに寄り添う姿。

 楚々としているのに、勝ち誇った目。

 私は、滑稽さに眩暈がした。

 三年前。達彦は私を病院から連れ帰った。

 事故で頭を打ち、記憶の大半を失った私を、彼が救ったのだと言った。温かな抱擁と、「家」をくれた。

 私は彼だけに縋り、彼を世界のすべてだと思った。

 三年間愛した男を見つめ、掠れた声で問う。

「達彦……そこまでしなきゃいけないの?」

「誰のためだと思ってる!」

 達彦は声を荒げ、豪奢なオフィスを指差した。

「俺だって望んでない! あいつとやるたびに罪悪感で吐きそうだ! 頭の中はいつもお前だ!」

「優香、愛してる。これは永遠に変わらない」

 懇願するように言う。

「あと一年だけ堪えろ。たった一年だ。子どもが生まれて金が入ったら、玲美は追い出す。俺たちは元通りだ。な?」

 欲と汗の匂いを纏ったまま、達彦は私を抱き締めてくる。

 視線が落ちた先、閉められていないファスナー。そこに突き立つ醜い昂ぶりが、針みたいに心を刺した。

「達彦……気持ち悪い」

 私は彼の目を睨み、顔を背けて、唇を近づけさせない。

 その瞬間、達彦の顔色が沈んだ。

「忘れるな。お前は自分の過去すら知らない。クレジットカードの主契約は俺だ。家も生活も――命だって俺が与えた」

 声が冷たく刃になる。

「俺を離れたら、今夜寝る場所の金すらない。気持ち悪い? よく言えるな」

 彼は私を突き放し、待ち構えていた玲美を抱き寄せる。

「涙もわがままも引っ込めろ。全部、お前を愛してるからだ」

最新チャプター

おすすめ 😍

令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む

655.3k 閲覧数 · 連載中 · 蜜柑
天才陰陽師だった御影星奈は、かつて恋愛脳のどん底に落ち、愛する男のために七年もの間、辱めに耐え続けてきた。しかしついに、ある日はっと我に返る。
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
ブサイクな男と結婚?ありえない

ブサイクな男と結婚?ありえない

97.5k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
意地悪な義理の姉が、私の兄の命を人質に取り、噂では言い表せないほど醜い男との結婚を強要してきました。私には選択の余地がありませんでした。

しかし、結婚後、その男は決して醜くなどなく、それどころか、ハンサムで魅力的で、しかも億万長者だったことが分かったのです!
氷の社長が溶かされていく。ストイックな彼の、灼熱の恋

氷の社長が溶かされていく。ストイックな彼の、灼熱の恋

33.6k 閲覧数 · 連載中 ·
彼女が中村良太郎の娘であるというのか。
人の行き交う喫茶店で、少女の白い顔に重い平手打ちが叩き込まれた。
真っ赤に腫れた右頬を押さえ、彼女の瞳は虚ろで、反撃する気など微塵も感じさせない。
周りの人々は、侮蔑と嘲笑の入り混じった視線を彼女に向け、嘲笑うばかりで、誰一人として彼女を庇う者はいなかった。
自業自得だからだ。
誰のせいで、彼女が中村良太郎の娘であるというのか
父、中村良太郎は建築家として、自身が設計した建物で事故が起きたため、有罪判決を受けて刑務所に入ることになった。
母も心労で入院している今となってはなおさらだ。
黒田謙志。中村奈々の現在のスポンサーであり、今朝、会社で彼女と肌を重ねたばかりの黒田家の長男。
今、彼は、自分の婚約者に跪いて謝罪しろと彼女に命じている。
余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

26.5k 閲覧数 · 連載中 · 七海
結婚して5年、夫とは円満だと思っていた。
しかし、運命は残酷だ。

病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。

私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。

それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。

命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
追放された偽物の娘、その正体は最強でした

追放された偽物の娘、その正体は最強でした

32.3k 閲覧数 · 連載中 · ゲゲゲ
「本物の娘が見つかった。お前はもう用済みだ」
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。

……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。

名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
オークションで数億円の値を叩き出す『伝説の画家』。
裏社会の闘技場で無敗を誇る『影の女王』。
そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。

今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。

私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

28.5k 閲覧数 · 連載中 · やもり
裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。
家族を離れ、自由を望んでる私は既にある者の虜になった

家族を離れ、自由を望んでる私は既にある者の虜になった

56.5k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
彼氏に裏切られた後、私はすぐに彼の友人であるハンサムで裕福なCEOに目を向け、彼と一夜を共にした。
最初はただの衝動的な一夜限りの関係だと思っていたが、まさかこのCEOが長い間私に想いを寄せていたとは思いもよりなかった。
彼が私の元彼に近づいたのも、すべて私のためだった。
AV撮影ガイド

AV撮影ガイド

22.1k 閲覧数 · 連載中 · 佐藤製作所
華やかな外見の下に、数えきれないほど知られざる物語が隠されている。佐藤橋、普通の女の子が、偶然の出来事によってAVに足を踏み入れた。様々な男優と出会い、そこからどんな興味深い出来事が起こるのだろうか?
令嬢の私、婚約破棄からやり直します

令嬢の私、婚約破棄からやり直します

90.6k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
皆が知っていた。北野紗良は長谷川冬馬の犬のように卑しい存在で、誰もが蔑むことができる下賤な女だと。

婚約まで二年、そして結婚まで更に二年を費やした。

だが長谷川冬馬の心の中で、彼女は幼馴染の市川美咲には永遠に及ばない存在だった。

結婚式の当日、誘拐された彼女は犯される中、長谷川冬馬と市川美咲が愛を誓い合い結婚したという知らせを受け取った。

三日三晩の拷問の末、彼女の遺体は海水で腐敗していた。

そして婚約式の日に転生した彼女は、幼馴染の自傷行為に駆けつけた長谷川冬馬に一人で式に向かわされ——今度は違った。北野紗良は自分を貶めることはしない。衆人の前で婚約破棄を宣言し、爆弾発言を放った。「長谷川冬馬は性的不能です」と。

都は騒然となった。かつて彼女を見下していた長谷川冬馬は、彼女を壁に追い詰め、こう言い放った。

「北野紗良、駆け引きは止めろ」
初恋よ、引き下がれ!

初恋よ、引き下がれ!

34k 閲覧数 · 連載中 · 午前零時
結婚してから、夫が私に触れたことは一度もなかった。
私は、彼を無性愛者なのだと思い込んでいた。……あの日、彼の裏切りを知るまでは。

夫の浮気が発覚したのは、相手の女が病院に運ばれたからだった。二人の行為があまりに激しかったせいだという。

そして、何よりも私を打ちのめしたのは、その相手が――私の実の妹だったという事実だ。

その瞬間、心臓を煮えたぎる油に放り込まれたような、耐え難い激痛が全身を貫いた。
双子の秘密

双子の秘密

34.6k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
冷たい契約結婚を3年間経て、一夜の情事の後、彼女は無慈悲にも彼と離婚しました。彼の目には自分がずっと悪役だったことを悟り、彼女は去ることを選びましたが、三つ子を妊娠していることを知りました。しかし、子供たちの誕生後、次男の謎めいた失踪は消えることのない傷跡を残しました。

5年後、彼女は子供たちを連れて戻ってきましたが、再び彼と出会ってしまいます。長男は彼の傍にいた少年が、失踪した弟だと気付きました。血のつながった兄弟は身分を交換し、誇り高きCEOである父親が母の愛を取り戻すための計画を立てたのです。
本物令嬢の正体がばれました

本物令嬢の正体がばれました

41.7k 閲覧数 · 連載中 · ワニノコ
新谷南は新谷家で二十年も育てられたのに、本当の娘が戻ってきた途端、あっさり家を追い出された。

デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。

会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。

そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。

「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」

新谷家の人間「……は?」

そのあとで彼らはようやく知ることになる。

彼女こそ、国内外の美術館の館長たちが面会待ちの列を作る「南先生」と呼ばれるアーティストであり、
新谷グループの全受賞特許の名義人であり、
さらに、伝説の「国家並みの資産を持つ」と噂される周防家の、本当の長女だということを。

大手財閥の若き当主は、封印していた婚約書を取り出し、薄く唇を吊り上げる。

「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」