ウェディングドレスを引き裂いた日

ウェディングドレスを引き裂いた日

間地出草 · 完結 · 37.6k 文字

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紹介

結婚式当日、妊娠6ヶ月の女性がバージンロードを歩いてきて、参列者全員の前で宣言した。「お腹の子は新郎の赤ちゃんです」と。

私はその場でウェディングドレスを引き裂き、結婚式の中止を宣言した。

しかし、本当の裏切りはここから始まった——

母は私に浮気男との復縁を命じた。「男なんてみんなそんなもの。我慢しなさい」

兄は私を脅迫した。「戻らないなら、一生後悔させてやる!」

結局、私は彼らにとって娘でも妹でもなく——ただの金蔓だったのだ。

彼らが失うのを恐れていたのは私の幸せではなく、金持ちのクズと、私が長年貢いできた金だった。

優しさが弱さと勘違いされ、血縁が鎖となるなら——

私が冷酷になっても文句は言えないだろう。

浮気カップルを社会的に抹殺し、強欲な家族を一人ずつ地獄に送ってやる。

チャプター 1

栞奈視点

 全身が鉛のように重い。夜勤明けの体を引きずり、私は肩で玄関のドアを押し開けた。地獄のようなシフトだった。しかし、帰宅した私を待ち受けていた光景に比べれば、そんな疲労など些細なものだった。

 弟の水瀬仁助が、昨日と同じ汚れた服のままソファに寝そべっていた。片手にはゲームコントローラーを握りしめ、周囲には空のビール瓶が墓石のように転がっている。コーヒーテーブルはピザの空き箱や食べかけの容器で埋め尽くされ、部屋には澱んだアルコールの匂いが充満していた。

 『ここが、私の家』。その事実が、ずしりと胸にのしかかる。

 母の真理子は、まるで召使いのように仁助の足元にかがみ込み、ゴミを拾っていた。私に気づいても顔すら上げず、ただ億劫そうに手を振るだけだ。

「栞奈、ちょうどよかったわ。出かける時に、このゴミ袋も出しといてちょうだい」

 私はその場で凍りついた。ハンドバッグのストラップを握る指が、白くこわばる。十二時間ぶっ通しで働き、汗で湿ったままのスクラブ姿の私に、かける言葉がそれなのか。沸騰するような怒りが、胸の奥から込み上げてくる。

「お母さん、明日、私の結婚式なんだけど」

 母はようやく顔を上げた。まるで、何を馬鹿なことを、とでも言いたげな顔で。そこには、娘の門出を祝う母親らしい喜びも温かさも、ひとかけらもなかった。

「だから何?結婚したって、あんたがこの家の娘じゃなくなるわけじゃないでしょう?家族としての責任を、それで放棄できるとでも思ってるの?」

 仁助はゲーム画面から一瞬たりとも視線を外さない。祝福の言葉があるべき沈黙を、けたたましい銃声と爆発音が満たしていた。

 『この家で、私はいつも二の次』。その考えが、鋭利な刃物のように心を切り裂いた。

 一時間後、私は疲れ果てた体でキッチンテーブルに座っていた。母が請求書の束を乱暴にかき混ぜ、まるで罪状を突きつけるかのように、私の前に叩きつける。パンッ、という乾いた音が部屋に響いた。

「今月の生活費、まだ五万円足りないのよ」有無を言わせぬ口調で母は告げた。「それと、仁助が新しいゲーム機に三万円いるって。すぐに必要なの」

 私はこめかみを押さえた。こめかみがドクドクと波打つ。「お母さん、私、明日結婚するのよ。少しでいいから、準備する時間をくれない?」声には、疲れ果てた懇願が滲んでいた。

 その時、仁助がようやくゲームから顔を上げた。心底うんざりしたように、大げさに目を眇める。

「姉ちゃんは安定した仕事があるだろ。俺には何もないんだぞ。他に誰に頼めって言うんだよ。それに、金持ちと結婚するんだから、これくらいの端金、どうってことねえだろ?」

 母は勢いよく立ち上がり、腰に手を当て、ナイフのように鋭い声で言い放った。

「あんたを産んで、ここまで育ててやったのは、投資なのよ!これからはきっちり回収させてもらうから!」

 『投資』。その言葉は、平手打ちのように私を打ちのめした。娘でも、家族でもなく――投資。息が詰まるような痛みが、胸を締め付けた。

 涙をこらえ、自分の部屋に逃げ込むように駆け込んだ。機械的に、最後の荷物をスーツケースに詰める。結婚式の後、私は婚約者である高峰哲也の家に引っ越すことになっていた。クローゼットの奥から、古い靴箱を見つけ出す。震える指で蓋を開けると、中には、私の人生を物語る写真が詰まっていた。どれもこれも、同じ残酷な物語を語りかけてくる。

 銀行の窓口に立つ、七歳の私。母のために、必死で通訳をしている。緊張で小さな顔は真っ赤だ。銀行員が私に優しく微笑む隣で、母が誇らしげに言った言葉を、今も覚えている。『この子は将来、たくさん稼いで家族みんなの面倒を見てくれるんです』

 『私の運命は、もうあの時から決まっていた』

 次の写真は、マクドナルドの制服を着た十五歳の私。腕には、フライヤーで火傷した痕が痛々しく残っている。あの日、客に理不尽に怒鳴られ、泣きながら家に帰った。けれど、母は私の涙を一瞥しただけだった。『仁助が学校で大変なのよ。あの子のストレスを増やさないでちょうだい』

 最後の一枚は、高校の卒業式。観客席にぽつんと一人で座る私の目には、失望の色がはっきりと浮かんでいた。その日、母は仁助が免許を取ったお祝いだと言って、彼を運転免許センターに連れて行っていた。同じように大切な日のはずなのに、母は私ではなく、弟を選んだ。

「私は、いつになったら自分のために生きられるの?」誰もいない部屋で、そう囁いた。涙が写真の上にぽたぽたと落ちる。

 『明日よ。明日が、私の逃げ道なんだ』

 夕方六時、哲也がネイビーのスーツを着て現れた。まるで、私を救いに来た王子様のように。その笑顔は温かく、心からのもので、私のささくれ立った心を瞬時に癒してくれた。しかし、私たちが結婚式のリハーサルに出かけようとした、まさにその時だ。仁助がソファから飛び起き、書類の束を掴んで駆け寄ってきた。

「哲也さん!ちょうどよかった」仁助の目は、下卑た欲望にぎらついていた。「すげえビジネスチャンスを見つけたんです。フードトラックを始めようと思って。ただ、栞奈に五百万のローンの連帯保証人になってもらうだけでいいんですよ」

 私はさっと書類に目を通し、心が凍りついた。

「仁助、これ、事業ローンじゃなくて、ただの自動車ローンじゃない」

「これは……その、事業用の車両だから」彼は動揺も見せず、目をそらしながら嘘をついた。

 私はきっぱりと首を横に振り、一歩後ろに下がった。

「絶対にサインしないわ」

 瞬間、母が爆発した。顔を真っ赤にして、わめき散らす。

「栞奈!この恩知らず!仁助がやっと一人前になれるチャンスなのに、あんたは助けようともしないの?」

 母は私に掴みかかり、爪が皮膚に食い込むほど強く腕を掴んだ。

「はっきり言っとくけどね――仁助を助けないなら、明日の結婚式にあたしが出ると思わないで!」

 哲也が、穏やかな、しかしどこか困惑した声で仲裁しようとする。

「まあ、まあ。考えてあげてもいいんじゃないかな……」

 婚約者が、無職の弟の借金の保証人になることを提案している。それでも私は、目に涙を浮かべながら、決して首を縦には振らなかった。

「嫌。絶対にサインはしません」

 『本気だ』。母の歪んだ、怒りに満ちた顔を見て、それが単なる脅しではないと悟った。

 哲也の車の中で、私はとうとう泣き崩れてしまった。彼は優しく私の髪を撫で、柔らかく慰めるように言った。

「ねえ、家族のことで明日の気分を台無しにするのはよそう。君の人生で、一番幸せな日になるんだから」

 そんな優しい時間が流れる中、突然、哲也のスマートフォンが鳴った。彼は発信者を一瞥すると、わずかに眉をひそめ、すぐに通話を拒否した。その顔に、何か不自然な表情がよぎり、彼は慌てて携帯電話を膝の上で裏返しに置いた。

 『誰だったんだろう?どうして、あんな顔をしたの?』

 得体の知れない不安が、胸の奥に広がった。しかし哲也はすぐに優しい笑顔を取り戻し、私の手の上に自分の手を重ねた。

「ごめん、ハニー。仕事の電話だ。大したことじゃない」

 私は彼の肩に寄りかかり、胸を締め付ける疑念を振り払うように、彼のコロンの香りを吸い込んだ。

「私の家族を、受け入れてくれてありがとう。彼らが……難しい人たちだって、わかってる」

「明日からは、君は高峰夫人だ」彼は私の額にキスをし、私がずっと渇望していた約束を、その声に込めて言った。「僕たち自身の家族を、僕たち自身の家を持とう。すべてが変わるんだ」

「この日を、ずっと待ってた」私は命綱のように、彼の手を強く握った。

「わかってるよ、栞奈。わかってる」

 その夜、子供部屋だった自分の寝室に戻ると、リビングから母と仁助の話し声が聞こえてきた。薄い壁を通して、その声ははっきりと響いてくる。

「あいつ、マジで自己中だよな」仁助が、吐き捨てるように言った。「結婚するからって、急に俺たちより偉くなったつもりかよ。助けられるくせに、お高く止まりやがって」

「本当に、育て方を間違えたのかしらね」母の声は、失望と怒りに満ちていた。「恩知らずな子に育っちゃって」

 私は唇を固く噛みしめ、クローゼットからウェディングドレスを取り出し、鏡の前で体に当ててみた。純白のサテンが、希望そのもののように光を放っている。明日になれば、このすべてが終わる。このドレスは、まるで鎧のように感じられた。決して私のものとは言えなかった人生からの、守りの鎧。

 『やっと、自由になれる』

 スマートフォンの画面が静かに光った。哲也からのメッセージだ。『明日の午前九時、僕の美しい花嫁を迎えに行くよ。愛してる』

 私は必死に気持ちを落ち着かせ、笑顔を装って返信した。『あなたの奥さんになるのが、待ちきれないわ!』

 明日が待ち遠しくてたまらない。哲也は私の救いだ。この毒のような家族から抜け出す、唯一の道。あと一晩。あと一晩だけ耐えればいい。

 ウェディングドレスを丁寧にクローゼットに掛け、ベッドに横になる。けれど、眠気は一向に訪れなかった。天井のひび割れを見つめながら、私は何度も、何度も心の中で繰り返した。

 『明日、すべてが変わる。明日、私は自分のために生き始めるんだ』

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私が時価総額数十億ドルのファッション帝国を裏で支配していることも、ウォール街の株価をたった一回の取引で大暴落させられることも、誰も知らない。私はその正体を、この平凡で冴えない素顔の裏にすべて隠し持っていた。

さらに劇的なことに、私の実の親はこの街で頂点に君臨する最高峰の大富豪だった。

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「死体への憑依、つまり――転生だ」

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だが、あいにく。
今この身体の中にいるのは、暗殺組織のトップだ。
地獄の底から這い上がってきた、一人の女だ。

私はまず、元の持ち主が昨夜味わった屈辱のツケをきっちりと払わせ、皮膚に残る毒素を洗い流した。
物理のテストでは満点をもぎ取り、超一流の弁護士を1分1秒の狂いもなく現場へ急行させて私の弁護に当たらせ、果ては市長自らに我が家の門を叩かせ、私の後ろ盾にならせた。

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