紹介
チャプター 1
冬木涼子は、生きたまま痛みに殺された。
あの日――W市の雪は空を裂くように吠え、世界そのものを白で呑み込もうとしていた。
彼女は手首の腱を断たれ、氷点下の雪原へ放り捨てられた。
鋭い刃が胸の大動脈を貫き、血が噴き上がる。
命を懸けて守ってきた妹が、すぐ傍で狂ったように笑った。
「冬木涼子、これがあんたの運命だよ。生きてる価値なんて、私のための動く血液バンクでしかないの」
「もう私の病は完治した。あんたの血なんて、残しておく意味もない。ゆっくり流し切って死ねばいい」
「……あ、そうだ。言い忘れてたことがあるの」
「あなたの夫、御堂柊吾。あんたが監禁されたって知って、手元の人間を全員、探しに出したんだって」
「自分ひとりで仇と向き合うことになってさ。半時間前に――相討ちで死んだよ」
「冬木涼子。もう誰も助けに来ない。この世界で唯一あんたを庇ってくれた人は死んだ。ここで、ゆっくり死んで」
冬木雨音は高らかに笑い、去っていった。
冬木涼子の心臓が、ぐらりと震えた。痛みで息が詰まり、肺がうまく膨らまない。
けれど、もう動けない。
激痛の波の中で呼吸は細くなり、意識は白く滲んでいく。
残ったのは、黒と白がくっきりした大きな瞳だけ。世界を壊し尽くすほどの憎しみを湛え、蒼茫たる雪景色を睨みつける――
御堂柊吾。いま、あなたのところへ行く。
……
冬木家別荘。
リビング。
ずらりと並ぶ視線が、冬木涼子を射抜いていた。
「冬木家が十七年も育ててやったんだぞ。うちが拾わなきゃ、お前なんてとっくに外で野垂れ死にだ。雨音の代わりに御堂柊吾へ嫁ぐだけでいい。それが福だってのに、まだ嫌だと言うのか!」
冬木紳助は怒りで顔を赤くし、ローテーブルのグラスを掴むと冬木涼子へ投げつけた。
冬木涼子は身をひねり、紙一重で避ける。
ガシャン――床に叩きつけられたグラスが、乾いた音を立てて砕け散った。その刺激が、ぼんやりした頭を無理やり現実へ引き戻す。
彼女は俯き、自分の身体を見た。
傷ひとつない。血の匂いもしない。
磨かれた床に映るのは、若く、まだ幼さの残る自分の顔――。
……生きてる?
それどころか。
五年前。冬木家に追い詰められ、御堂柊吾との結婚を押しつけられた、あの時だ。
冬木家の長男、冬木颯真が失望したように言い放つ。
「涼子。俺たちはお前に衣食住を与えてきた。十七年だ。たった一度の頼みも聞けないのか?」
「恩を返すってことを覚えろ。こっちが手を下す前にな」
末っ子の冬木陽斗も、横で汚い言葉を吐き散らしている。
冬木家の奥様、冬木美蘭が歩み寄り、慈愛の仮面を貼りつけた。
「涼子。ほら、お父さんもお兄ちゃんも、あなたのせいでこんなに怒ってる。私たちは家族よ? あなたを害するはずがないでしょう」
「御堂家に嫁げば、幸せになれるの。こんなお話、他の子なら土下座してでも欲しがるわ」
冬木涼子は、並ぶ顔をひとつずつ見た。
偽善。嫌悪。吐き気がするほどの薄っぺらさ。
口元だけで冷たく笑い、冬木美蘭へ言った。
「そんなに福が欲しい子がいるなら、雨音にあげればいいじゃない」
「あなた、雨音と比べる気?」
冬木美蘭の表情が一瞬で崩れ、顔色がどす黒く変わる。
冬木雨音は実の娘。冬木家の最も尊いお嬢様。甘やかされ、守られ、何不自由なく育った存在だ。
冬木涼子のような――拾われた子が並び立つなど、許せるはずがない。
当の冬木雨音は得意げに笑いながらも、殊勝な声を作って口を挟んだ。
「涼子、そんな言い方しちゃだめ。お母さまは、あなたのためを思って――」
「外では、御堂柊吾は残忍で、顔も醜くて、足も悪くて、長くないって噂だけど……御堂家は海外の貴族で、国際財閥も持ってるのよ」
「嫁いだら一生困らない。身分だって、どれだけ尊くなるか。みんな欲しくても手に入らないの」
そう言って、雨音は甘ったるく笑った。
その笑い声が――前世の雪の中のそれと、ぴたりと重なる。
冬木涼子の拳が、ぎり、と音を立てた。
血が抜けていく感覚。凍える寒さ。息ができない絶望。生きたまま痛みに削られていく地獄。
すべてが、もう一度、皮膚の内側から押し寄せてくる。
一瞬、喉元を捻り折ってやりたい衝動に駆られた。
だが、堪えた。
こんな死に方では、安すぎる。
前世――冬木雨音のための動く血液バンクにするため、冬木紳助と冬木美蘭は彼女を実の親の元から奪い、十七年もの間、肉親と引き裂いた。
価値を吸い尽くした途端、殺すことに躊躇はなかった。
冬木颯真が薬を盛り、冬木陽斗が眠った彼女の手首の腱を断つ。
雪の中へ捨て、冬木雨音が刃で動脈を貫き、最後の一滴まで搾り取った。
この恨みは――ゆっくり、確実に返していく。
冬木涼子は冷笑し、握りしめた拳をほどくと、そこにいる全員を見回した。
「いいわ。御堂柊吾に嫁いであげる。その代わり、条件がある」
「はあ? お前ごときが条件だと?」冬木陽斗が噛みつくように吐き捨てる。
冬木紳助と冬木美蘭も、喜びかけた顔を引きつらせた。
冬木紳助が怒気を押し殺して訊く。
「……条件とは何だ」
冬木涼子は淡々と言った。
「私が雨音の代わりに御堂柊吾へ嫁ぐ。それで、冬木家に育てられた恩は返し終わり」
「今日をもって、私は冬木家と絶縁する。今後いっさい、関係はない」
「……何だと?」
冬木家の面々が、一斉に固まった。
もっと金を要求してくると思っていたのだろう。拍子抜けしたような顔。
冬木紳助と冬木美蘭が目を合わせる。
結局、冬木涼子を養ったのは雨音への輸血のため。雨音の身体はもうほとんど持ち直している。涼子を手元に置く価値は薄い。
それに、御堂柊吾の荒い気性なら――冬木涼子は初夜すら越えられないかもしれない。
絶縁? 望むところだ。
冬木紳助は即座に頷いた。
冬木涼子は言葉を重ねる。
「口約束じゃ意味がない。書面にして」
冬木颯真がすぐに秘書へ指示し、法的効力のある絶縁合意書が運ばれてきた。
冬木涼子と冬木紳助は、それぞれ署名する。
冬木涼子は自分の控えを折り畳んでポケットへ入れ、身分証とスマホだけを手に取った。他には何も持たず、振り返りもせずにリビングを出る。
ちょうどその時、迎えの一行が到着した。
御堂家の迎えは、車列だけで圧倒的だった。
先頭の車は世界限定モデル。ボディは磨き上げられ、塵ひとつない。
ボンネットには高価で艶やかな薔薇が幾重にも飾られ、その後ろに同型の車が整然と連なる。数十台――視線を伸ばしても、終わりが見えない。
冬木雨音は涼子を笑いものにするつもりで出てきたのに、この豪奢な光景を見た瞬間、嫉妬で目を赤くした。
悔しさを隠しきれず、涼子を睨む。
「御堂柊吾、ずいぶん金かけるじゃない。でも聞いたわよ。あいつ、足が動かないまま何年もで、性格も歪んでて……御堂家に送られた女は、誰ひとり初夜を越えられないって」
「嫁いだら、せいぜい――」
パァン!
乾いた音が響いた。
冬木涼子の平手が、容赦なく冬木雨音の頬を打ち抜いたのだ。
雨音はよろめき、倒れそうになる。
生まれてこの方、誰も彼女に手を上げたことなどない。
それを――見下してきた冬木涼子に、殴られた?
冬木雨音は頬を押さえ、甲高く叫ぶと、涼子へ飛びかかった。
「私を殴った!? クズ! 殺してやる!」
最新チャプター
#131 第131章
最終更新: 9/9/2026#130 第130章 あんたにできないからといって私にできないとは限らない
最終更新: 9/9/2026#129 第129章 私もあなたより点数高いだけだろう
最終更新: 9/9/2026#128 第128章 彼女は負けない
最終更新: 9/9/2026#127 第127章 冬木雨音が無惨に犯される
最終更新: 9/9/2026#126 第126章 もう間に合わない
最終更新: 9/9/2026#125 第125章 実の両親
最終更新: 9/9/2026#124 第124章 一度くらい、欲張ってもいいだろう
最終更新: 9/9/2026#123 第123章 結末は今よりもっと悲惨になるだけだ
最終更新: 9/9/2026#122 第122章 まだあまり満足していない
最終更新: 9/9/2026
おすすめ 😍
監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る
家族は心晴を探そうともせず、あろうことか姉の今井優奈のために盛大な誕生日パーティーを開いていた。
しかも、その横には心晴の元婚約者の姿が……二人は婚約していたのだ。
しかし、心晴はただの被害者ではなかった。
彼女は人知れず巨額の資産と強大なコネクションを築き上げていたのだ。
真実を知った心晴は、復讐の狼煙を上げる。
彼女が選んだ新たなパートナーは、なんと元婚約者の叔父だった。
「これからは私のことを『おばさん』と呼ぶのよ、優奈!」
溺愛令嬢の正体は、まさかの霊能界トップ!?
──が、彼女は社交界に背を向け、「配信者」として自由気ままに活動を始める。
江城市の上流社会はこぞって彼女の失敗を待ち構えていた。
だが、待てど暮らせど笑い話は聞こえてこない。
代わりに、次々と大物たちが彼女の配信に押しかけてくるのだった。
「マスター、俺の命を救ってくれ!」──某財閥の若社長
「マスター、厄介な女運を断ち切って!」──人気俳優
「マスター、研究所の風水を見てほしい!」──天才科学者
そして、ひときわ怪しい声が囁く。
「……まゆ、俺の嫁だろ? ギュってさせろ。」
視聴者たち:「なんであの人だけ扱いが違うの!?」
原田麻友:「……私も知りたいわ。」
二度目はない 動じず咲く
婚約者は身ごもった愛人を腕に抱き寄せたままそこに立ち、私を鼻で笑っていた。「俺がいなきゃ、お前なんて何の価値もない」
私はきびすを返し、この街で最も裕福な男の扉を叩いた。「ロック氏、政略結婚にご興味はおありですか? 千億ドル相当の株式――それに加え、未来のビジネス帝国も無料でお付けいたしますわ」
トップ暗殺者、学園に転生する
そして、目が覚めた。
16歳。肥満体型。顔中に広がったニキビ。冷え切った体育倉庫の片隅で、私は丸まっていた。
周囲から16年間ずっと忌み嫌われてきたこの肉体の中で、私はわずか3秒で状況を理解した――。
「死体への憑依、つまり――転生だ」
元の肉体の持ち主は、誰もが容赦なく踏みにじる、お人好しの「いじめられっ子」だった。
継母は慢性的な毒物で彼女の身体を破壊し、実の妹は彼女を裏切って罠に嵌め、クラスメイトは彼女を暗闇に閉じ込めて冷水を浴びせ、教師さえも一緒になって彼女を踏みつけにする。
だが、あいにく。
今この身体の中にいるのは、暗殺組織のトップだ。
地獄の底から這い上がってきた、一人の女だ。
私はまず、元の持ち主が昨夜味わった屈辱のツケをきっちりと払わせ、皮膚に残る毒素を洗い流した。
物理のテストでは満点をもぎ取り、超一流の弁護士を1分1秒の狂いもなく現場へ急行させて私の弁護に当たらせ、果ては市長自らに我が家の門を叩かせ、私の後ろ盾にならせた。
今世において、私に借りのある全ての奴らから、一筆一筆、その代償を血で購わせてやる。
お払い箱の杖は、夜に咲く
事故で盲目かつ失聴した夫を5年間、溢れる愛で献身的に支え続けた主人公。しかし、五感が戻った夫が最初に抱きしめたのは、かつて彼が愛した初恋の女だった。
家族からも夫からも裏切られた彼女は、未练を一切捨てて離婚を決意。
離婚の理由に「夫の夜の体力不足」という最大の屈辱を書き残し、結婚指輪を捨ててあっさりと家を出る。
夫の好みに合わせてこれまで隠していた「息をのむほど明艶な美貌」を解放し、夜の街へと繰り出した彼女は、一瞬で全場の視線を独占する。
バーのVIP席からその圧倒的な美女を凝視し、なぜか目が離せなくなっている元夫は、まだ気づいていない。それが、自分が「地味で退屈な女」だと見下していた元妻の真の姿だということに……
追放された偽物の娘、その正体は最強でした
あの子が現れたその日、私は『偽物の娘』として家を追い出された。
渡されたのは、わずかな小銭と地方行きの片道切符だけ。
さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。
……上等じゃない。せいぜい勝った気でいればいいわ。
だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。
名門病院が見放した命を救う『天才外科医』。
オークションで数億円の値を叩き出す『伝説の画家』。
裏社会の闘技場で無敗を誇る『影の女王』。
そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。
今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。
私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。
死んだはずの妻が、自分と「瓜二つ」の双子を連れて帰ってきた
異国の地で必死に生き抜き、女手一つで双子の息子を育て上げた。
平穏を求めて帰国した私だったが、運命は残酷だ。
かつて私を捨てた元夫・ベンジャミンに見つかってしまったのだ。
「その子供たち……俺にそっくりじゃないか」
彼の目の前にいるのは、彼を縮小したかのような「生き写し」の双子。
ベンジャミンは驚愕し、私たちを引き留めようとする。
しかし、息子たちは冷酷な父親を敵視し、断固として拒絶するのだった。
「僕たちを捨てた男なんて、父親じゃない!」
やがて明らかになる、あの日の「火事」の真相と、悪女オリビアの卑劣な罠。
すべての誤解が解けた時、彼が差し出す愛を、私は受け入れることができるのか?
憎しみと、消え残る愛の間で揺れる、会と許しの物語。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。
しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。
吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。
けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。
「こんな汚らわしい男は捨ててやる」
私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
本物の令嬢は、もう誰にも媚びない ~裏切られた私の、二度目の人生
執事の娘・西川安菜を哀れんで手を差し伸べた結果は、地獄。
兄たちの愛を奪われ、文字通り血を吸い尽くされ、体重は40キロを切った。
追い詰められた私は、絶望のまま窓から身を投げた。
死に際の一言は……「で? これから安菜の輸血はどうするの?」という皮肉。
……のはずだったのに。
目を覚ますと、私は三年前——安菜が泣きつかれてきた「あの日」に戻っていた。
可哀想なフリをする彼女を見つめ、私は笑った。
もう二度と、優しさなんて見せない。媚びもしない。
“親切”に立ち振る舞い、彼女を使用人部屋へ追いやって自立させてあげることにした。
彼女ばかり庇うお兄様たちの機嫌取りも、もう終わりだ。
かつて尽くしまくった元婚約者・石野星紀なんて、視界に入れる価値すらない。
勘違いしないで。
今の私は、ただの「有岡家のお嬢様」じゃないんだから——。













