私の留守中、彼女が私になっていた

私の留守中、彼女が私になっていた

大宮西幸 · 完結 · 17.2k 文字

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紹介

夫は私の別荘を使って浮気をしていた。それはいい。私はそれを突き止め、3時間車を走らせ、自分の家へと足を踏み入れた。そこで目にしたのは、亡くなった私の祖母のセーターを着ている愛人の姿だった。

彼女は私に「出ていって」と言い放った。

そこへ夫が現れ、私の目の前で彼女にキスをした。そして私の腕を掴み、ドアの枠へと押し飛ばした。

その時、私は喘息の発作を起こした。彼は5年も前から、私の喘息を知っているはずなのに。

吸入器がベランダの床を転がっていった。愛人がそれを拾い上げ、私に突きつけながらこう言った。「今回のことはすべてあなたが原因だと、認める書面に署名しなさい。そうしたらこれを返してあげる」

床に倒れ込んでいる私を見下ろし、夫は言った。
「こいつの演技だよ」

私は、自分自身の祖母の家の床に座り込み、息を絶え絶えにしている。それなのに私の夫は近所の人たちに向かって、私が「演技をしている」と言いふらしているのだ。

――この海岸線にあるすべての物件を、どこの家族が管理しているのか。誰一人として、そこに思い至りもしなかったらしい。

チャプター 1

私は夫の西村瑛太に、今週末は出張だと告げた。彼はスマホから目も上げずに「了解」とだけ言った。

車を走らせて二時間ほどしたところで、親友の詩織から電話が入った。詩織の家はこの別荘地一帯の不動産を管理している。三代続く家業だ。

「ねえ」詩織の声には、慎重に言葉を選んでいる尖りがあった。「今日、別荘にチェックインがあったの。あなたの名義で。でもね、ナンバーを調べたら……車道に停まってる車は西村建築設計事務所名義だった」

その別荘は祖母が亡くなってからずっと私のものだ。玄関脇の表札には、いまだに祖母の名前が残っている。チェックインの手続きは私の名義経由で、瑛太は管理サイトのログイン情報を知っていた。二年前、私が会議中に暖房業者との約束を確認してくれたことがあって、そのときに渡したのだ。あれからパスワードを変えていない。変える必要があるなんて、思いもしなかった。

「今日、配達が二件あった」詩織が言う。「どっちもあなたの名義。午前中はロマンチック系のセット。シャンパンに花にキャンドル。それで午後は薬局の注文」一拍置いて、低くなる。「アフターピル。置き配の前に住所確認が必要だって、うちに連絡が来たの」

私は瑛太に電話をかけた。

二回目の呼び出しで出た。「もしもし、どうした?」

「詩織が言ってる。誰かが私の名義使って別荘にいるって」

「ふーん。それ、システムのエラーじゃない? 別荘の管理サイトアプリ、ここ何か月も不具合出てるって言ってたし。俺から電話して整理するよ」

答えは用意されていた。ためらいも、驚きの声もない。ただ、最初から組み立ててあったみたいに滑らかな説明。

「車道の車」私は言った。「あなたの事務所名義だって」

沈黙。

「帰ったら説明する」彼が言った。

私は通話を切り、詩織にかけ直した。

「今からそっち行く」私は言った。「誰にも何も言わないで。車が動いたら、それだけ教えて」

「麻衣――」

「三時間」私は言った。「着くから」

鍵はバッグの中に入っていた。

車を停めると、青い家の近所の女性が庭に水を撒いているところだった。彼女は微笑みかけてきた。

「あら、よかった。さっき、あなたのお友達が入り江へ続く小道について尋ねてこられたのよ。可愛らしいお嬢さんね」

私も笑って返した。「それはどうも」

私は自分で鍵を開けて中に入った。ソファの肘掛けには誰かのジャケットが投げてあり、キッチンカウンターにはシャンパン。半分ほど減っている。そして、匂いだ。重くて、上等で、意識するより先に身体が思い出す匂い。半年前、瑛太の事務所のクリスマスパーティー。彼の隣に長谷川千秋が立ち、彼の言葉に声を上げて笑っていた。

私は踵を返し、玄関のほうへ目をやった。

祖母のカーディガンが、いつも通りフックに掛かっている……はずだった。色あせたクリーム色、ボタンが一つ欠けていて、三十年分の夏を経て、くったりと柔らかくなっている。祖母が亡くなってから、誰もそれを動かさなかった。

それが、誰かの肩に乗っていた。

廊下の奥から女性が出てきた。若くて、きちんとしていて、何もかもを当然みたいに綺麗にこなしてしまうタイプ。状況を一瞬で把握し、すぐに表情を整える。

「何かご用ですか?」自分に尋ねる権利があるとでも言うように。

「鍵を持ってます」私は言った。

「この別荘は今週末、プライベートで利用中なんです」きっぱりしていて、理屈も通っていて、丁寧で、動かない。「このあたりで貸しをお探しなら、近くにいいところがいくつかあります。連絡先もお教えできますよ」

祖母のカーディガンを着た男の愛人が、この私に向かって、他を当たれと言っているのだ。

「ここは私の家です」私は言った。「登記名義も私。あなたが着てるそれは、私の祖母のもの」窓のほう、車道のほうへ視線を流す。「それに外の車は、私の夫の車」私は彼女に目を戻した。「だから、あなたが誰で、ここで何をしていて、いつからこういうことをしているのか――全部、話してもらう」

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気品を纏ったその肉体は、骨の髄まで溶かすような誘惑に満ちていた。
私は千鳥足で歩み寄り、身体の火照りを感じながら問いかけた。「……あなた、お相手してくれる?」
彼は口元をわずかに吊り上げた。「君のことは知っているよ」
私は彼の膝の上に腰掛けた。シガーの煙と濃厚なコロンの香りが私を幾重にも包み込む。
指先で彼の顎に触れ、そのまま腰元の冷たい金属のアクセサリーへと滑らせた。
その瞬間、彼は私を強く抱き寄せた。その身体は重厚で力強く、逃げることなど許さない。
重ねられた彼の唇は重く、熱く、深く、拒絶を許さないほどの独占欲を孕んでいた。
口づけを交わすたびに呼吸を奪われ、触れられるたびに、私はどうしようもなく彼に寄り添ってしまう。
彼に横抱きにされてバーを後にする頃には、私の頭はすっかり朦朧としていて、心の奥でさらなる温もりを求めていた。
彼のベッドの上で、彼は熱烈でありながらも理性を保ち、何度も私を絶頂へと導き、すべての理性を狂わせていく。
翌朝、目が覚めると、私は彼のベッドのシーツにくるまれていた。肌には彼が残した痕跡がいくつも刻まれている。
夜が明ける前に、私は逃げるようにその場を去った。この一夜は、元カレへのあてつけの、ただの荒唐無稽な過ちだと言い聞かせて。
けれど、彼と過ごしたあの夜の時点で、私の運命はすでに決まっていたのだ――。
私を芯から熱くさせたあの男は、私の想像を遥かに超えるほど、危険な存在だった。