過ちの愛、制服をまとった彼のお兄様

過ちの愛、制服をまとった彼のお兄様

きりゅう りんか · 連載中 · 339.9k 文字

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紹介

私は後藤快斗の恋人だった。いつも彼に置き去りにされる、足手まといの脆い存在。
何年もの間、私は日陰で待ち続けた――健康を損ない、心を無視され、ただの付属品のように扱われながら。
けれど、彼が別の誰かのために、吹雪の中に私を置き去りにしたあの夜、ようやく真実に気づいた。私は彼に愛されていたのではない。ただの「義務」だったのだと。

壊れかけの心臓を抱え、逃げ場のない凍てつくRV車に閉じ込められた私は、一人で最期を覚悟した。
――そこへ、後藤正樹が現れるまでは。
快斗の冷徹で孤高な兄。私のことをいつも「目障りな厄介者」としか思っていなかったはずの男が、嵐を切り裂いて私を救いに来てくれたのだ。
「もしあの子に万が一のことがあれば」と、彼は快斗に向けて低く唸った。「二度と家に戻ってくるな」

彼は私の命を救っただけではない。有害な関係の瓦礫から、私を引きずり出してくれた。
だが今、二人の境界線が滲み始めている。
軍人としての冷たく規律正しい仮面の裏で、危険な執着が目覚めていた。
ある夜、彼は私をドアに押しつけ、10年間隠し続けてきた渇望で瞳を燃え立たせた。
「本当に思っていたのか?」彼は掠れた声で囁いた。「俺がお前の『兄』でいたいだけだったと?」

今さら快斗は復縁を求めて懇願してくるけれど、私はもう前に進んでいる。
私はすでに、正樹が仕掛けた冷徹で計算高い罠に足を踏み入れており、もう後戻りはできない。
家族の秘密と禁断の欲望が渦巻く世界で、私は選ばなければならない。
自分を壊した「少年」か、それとも、静かに、そして執拗に自分を支配しようとする「男」か。

チャプター 1

白川蘭視点

キャンプ場の外から鳴り響く重低音が、キャンピングカーの車内をぶるぶる震わせる。鼓膜の奥まで突き上げるようで、頭の中もどくん、どくんと脈打った。

私は炭筆を握りしめ、スケッチブックの上で彫刻の影を乱暴に塗り潰す。

――ひどい下絵。

線は荒れて、構造は傾き、いつもの私の水準とは比べものにならない。

深く息を吸う。胸の奥からせり上がる吐き気を、どうにか押さえ込もうとした。

そもそも、雪山なんて来るべきじゃなかった。

スタジオはこの半月で、大型インスタレーションの特急案件を三件も抱えた。チーフスカルプターの私は、ほとんど毎日、明け方の二時三時に寝て、朝は六時七時に起きる。

親友の高坂綾乃は、山みたいに積まれた廃棄石膏モデルの間に立ち、私の青黒い目の下を指さして怒鳴った。命削ってる、と。あんたは仕事中毒だ、と。

それでも、後藤快斗からの一本の電話で、全部がひっくり返った。

やけに元気な声でまとわりついてくる。

「雪山のキャンプ場、星空がすげえ綺麗らしいんだ」

「全然会えてない。会いたい」

「蘭が来ないなら、この旅行、意味ないだろ?」

後藤快斗は、私の扱い方を知り尽くしている。

子どもの頃から、あの少し拗ねた目をされるだけで。あるいは、甘えた声で名前を呼ばれるだけで。私はいつも折れてしまう。

生まれつき身体が弱い。冷たい風を浴びれば半月は咳が止まらない。忙しくて足が地に着かないほどでも、彼に「無理」と言い切るだけの心は、どうしても持てなかった。

炭筆を置き、重たい頭を手で揉む。ふわふわして、足元が遠い。

快斗を呼ばなきゃ。本当に……具合が悪い。

テーブルの縁に手をついて、どうにか立ち上がる。

窓ガラスには分厚い白い霜が張りついていた。手の甲で曇りをこすって小さく覗くと、刺すような雪明かりが一気に目に飛び込んでくる。

外は遊園地みたいに騒がしい。色とりどりのスキーウェアが、雪に覆われたキャンプ場を行き交っていた。背の高い松には暖色のキャンプライトが連なり、少し先には大きな焚き火。

一瞬で見つけた。後藤快斗。

やたら目立つ鮮やかな赤のシェルを着て、ゴーグルも付けず、改造オフロード車のボンネット脇で笑い転げている。手に握った雪を、誰かの襟元に押し込もうとしていた。

追い回されているのは小林優里。大学の同級生だ。

白のショートダウンにスキニーデニム。弾むような体のラインがくっきり出ていて、いかにもスポーツ系の女の子。

彼女は逃げない。逆に雪をひと掴みして、遠慮なく快斗の顔にべしゃっと塗りつけた。

「うわっ、冷てえ!」

快斗が大げさに叫び、雪を放り投げて顔をぬぐう。その隙に小林優里が彼の背中へ飛びつき、けらけら笑った。

快斗は振り返って彼女を見上げる。怒りなんて欠片もない。あるのは、全面的な甘やかしと楽しさだけ。

――眩しくて、目に痛いほどの親密さ。

小林優里は典型的なアクティブ女子だ。レースもスポーツも大好きで、快斗の耳をつんざくヘヴィメタルの中でも平気で一緒に狂える。危険なバックカントリーにも付き合えるし、サーキットではコ・ドライバーだって務まる。

それに比べて私は。

粉塵に敏感で、ガソリンの匂いで吐き気がして、少し歩いただけで息が切れる――病弱の代表みたいな人間。

冷や汗が背中を伝い、肌に張りつくカシミヤのニットがじっとり濡れた。ドアの隙間から冷気が入り込み、ぶるっと震える。

本当はドアを開けて、「快斗、つらい」と叫びたかった。

でも、窓の向こうで太陽みたいに笑う彼を見た瞬間、喉が凍りついたみたいに声が出ない。

今ここで出ていったら、この「彼らの」盛り上がりは一瞬で止まる。

快斗は笑顔をしまい、心配そうで――それから、ほんの少しだけ面倒くさそうな顔になる。友達を置いて、私のところへ走ってくる。

そしてみんなが知るのだ。後藤快斗のノリを悪くする彼女が、また体調を崩したって。

そんな場面は、私たちが育ってきた年月の中で、何度も繰り返された。

私は、足手まといになりたくない。小さい頃からずっと。

ゆっくりとドアノブから手を離す。

……いい。少し我慢すれば。彼が遊び終わって戻ってきたら、その時に言えばいい。

力の抜けた脚を引きずり、狭い椅子に戻って座る。膝を抱えて身体を丸め、残った体温を逃がさないようにした。

窓の白い曇りがまたじわじわ広がり、外の景色にぼんやりしたフィルターがかかっていく。

焚き火の方から、突然どっと大きなどよめきが上がった。

同じくスキーウェアの若者たちが、山みたいに雪球を抱えて、わっと快斗の方へ走っていく。

「快斗! 雪合戦やるぞ! 負けたら夜は罰ゲームで酒だ!」

喉を張り上げる声が飛ぶ。

快斗は、いかにも生意気な挑発のジェスチャーを返した。腰をかがめて雪球を作り始める。背後のキャンピングカーの中で、私が霜のガラス越しに息も絶え絶え見ていることには、まるで気づかない。

小林優里が彼の背中から降り、そのまま手を伸ばして、快斗の手をがしっと掴んだ。引っぱって人の輪へ連れていく。

快斗はその手を振りほどかない。むしろ彼女の肩を軽く抱いて、雪で滑らないよう支えた。

その瞬間、頭痛が一気に強くなった。

二人がどんな関係なのかなんて、考えない。

大人の恋は、境界線がいったん曖昧になったら、自分を騙し続ける方が滑稽だ。

私と快斗の間には、もうとっくにひびが入っている。ただ、どちらもそれを突き破る勇気がないだけ。

小林優里に引かれて二歩三歩歩いた快斗が、ふと何か思い出したように立ち止まった。

振り返り、焚き火と人波の向こう――このキャンピングカーへ視線を向ける。

心臓が、一拍抜けた。

霜のガラス越しで、彼には私が見えるはずもないのに。私は息を殺してしまう。

来てくれる? 私の異変に気づく?

快斗は手を上げ、こちらへ二度ほど振って、声を張り上げた。

「蘭! 車でいい子に待ってろ! すぐ戻るから!」

その声は車内まで貫通してきた。軽くて、明るくて――まるで、荷台に残したペットをあやすみたいに。

言い終えると彼は一切の未練もなく向き直り、小林優里に引かれて二人並んで走り去っていった。

車内が、完全に静まる。聞こえるのは、自分の荒い呼吸だけ。

「すぐ戻る……」

その言葉を、苦笑いで噛みしめる。

彼の「ちょっと待って」は、決して「ちょっと」じゃない。数時間かもしれないし、深夜まで。冷気と、他人の香水をまとって戻ってくるまで。

冷や汗で服はぐっしょり濡れ、肌に冷たく張りつく。眩暈が雪崩みたいに押し寄せた。

手足の熱はもうとっくに消えて、指一本動かすのもつらい。

明るかった世界が、歪んで、褪せていく。

身体の力が抜け、私はそのまま深い闇へ落ちた。

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